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逃亡者たち  作者: モーフィー
第一章 Dawn
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16、エルフの里

 僕が寝ていたところは城より離れた高い木の上にあるらしく、ドアを出るなり、長い階段が待ち受けていた。彼は降りるときにも木が変形して手すり状になったところに優しそうに触れ、囁いていた。


「この木は私が生まれる、一年前に生まれた。それから私たちは共に成長し、私はこの木の上に家を構えさせてもらった。やがてこの木は多くの木々の母となって森を支えてくれている。私たちエルフは彼らのおかげで何不自由なく過ごすことが出来る」


 彼に撫でられた木は心なしか微かに震え、枝を良くしならせて、残り少なく実った果実を彼によせた。彼はそこから二つもぎ取ると、一つを僕に渡してくれた。果実はわずかに凍っていてシャーベット状になっていておいしかった。


 冬の兆しから抜け出してきた動物たちが彼にあいさつをする。彼には皆を引きつける雰囲気が漂っているのだ。それは彼の圧倒的な知からであり、それとは正反対の内側からあふれ出す、みずみずしい美しさからだった。僕も彼に惹かれる多くの一人なのだ。そう思うとなぜか少し残念で、それよりも大きな幸福を感じた。


 彼は優雅な指で霞の向こうを指さした。そこには彼が言っていた優雅なお城がぼんやりと建っていた。


「ほら、あそこに見えるだろう。あれは昔のエルフ王が建設した建物だ。その頃は人間との交流も盛んだったので、森の外にもあれに似せた建物が建てられた。しかし、その頃は人間が持つ技術は低かったからすぐに崩れてしまったそうだが。その例がバベルの塔らしい」


 そして彼は、僕の顔を見て取りなおすに言った。


「すまない。つい、私たちの種族の基準で考えてしまう。悪気はないのだ」

「かまいません」


 僕たちは木々の間をぬうような小道に沿って城へと歩いた。ほとんどの木々が葉を落とし終わり、外の雪であった世界では考えられない柔らかな晩秋の日が未だ青々としている芝に当たっている。遠くからは微かに歌声が響き、笛の音が聞こえる。


「こんばんは、友よ」


 木々の隙間から静かな声が聞こえ、思わずびっくりしたところ、木の間からわずかに青白い肌に艶やかな金髪がのぞいた。僕のとなりで彼は同時に小さく挨拶を呟く。エルフの姿を確認できぬまま、彼は通り過ぎた。


 それから、何度か芝に転がりぼんやりとしているエルフに出会った。彼らは決まったように挨拶を繰り返し、隣の彼もそう繰り返した。彼らは雪のように白い肌に高貴な顔をしており、そして一人だった。目は瞬きもしないほど見開かれ、空が流れる模様を見逃さないように眺めていた。そして僕は彼らが皆、子どもだと言うことに気がついた。


「伴侶を見つけたエルフは常に一緒で、活動的だ。幼年時代に彼らはこうして一人でいることの寂しさを心ゆくまで味わい、将来に夢を託すのだよ」


 城に近づくに連れ、賑やかさは増していった。見かけるエルフの数は多くなり、共に語らいながら歩くカップルも見かけた。幼年時代を抜け出したエルフ達は、女は女らしく、男は男らしくほこっており、その姿は理想的な愛の風景でもあった。


 エルフ達は皆、簡素な服に髪に花を挿すなど素朴な印象だが、種が持っている元々の風格は嵐のように荒々しく、同時に溝を流れる小川のように抑制が利いている。この二つの相反する形質を併せ持つ種族、それがエルフだった。


 老いたエルフに乗せてもらい、光を弾く川を渡る。ロンドンでも見たことがないほど綺麗に整備された桟橋の上でエルフ達は歌い、踊っている。素朴な楽器をならし、見たことの無いほど優雅に踊っている。


「エルフの復活祭にはもう一つの意味がある。この時だけは、様々な場所に住むエルフが一堂に集まるのだ。そこで将来の伴侶が決まる場合が多い」

「それではあなただって今度は…」

「私も四百年の間そう思い続けていた」


 向こうからボートがやってきて、やはり呟くように挨拶する。心なしか、彼の表情も憂鬱そうである。僕は何も言えなかった。


 やがて船は霞の向こうにあったはずの白くそびえ立つ城の前で止まった。その優美な姿に思わず見上げる。老エルフにお礼を言うと、彼は硬く門を守る衛兵と挨拶を交わした。


「このものは、私の友人だ。エレヴェンダー王に謁見を願う」

「どうぞ、シャイン様」


 中もまた、大理石の彫刻が素晴らしかった。廊下では色鮮やかな衣をまとったエルフ達が歩いていた。彼は音もたてず歩き小声で僕に言う。


「エレヴェンダー王は素晴らしい人物だが、人間をあまり好んではいない。そこで私は城にやってくる途中、あなたが怪我していた所に立ち会い、助けた事にする。あなたは頭に怪我を負って軽い記憶喪失になっている。そのように報告したのだ。話を合わせてくれないか。後は私が掛け合う」


 樫のドアをくぐり大理石の部屋は華やかから厳かに移っていく。そして最後の扉をくぐり抜けたとき、王をかためる美しき兵士がずらりと二列に並んでいた。そして豪奢な椅子に座った種の頂点である王がいた。


 僕は心の中で何度もこの興奮を静めながら、それでもエルフ達に目を奪われながら彼についていった。


「ナウサ・エレヴェンダー」

「シャイン」


 エルフ独特の美声だ。王は長い銀髪を背中に流し、鼻筋が通った他のエルフ同様の美しい顔をしていた。髭は生えていなく、肌は滑らかで唯一年齢を感じさせるものが目の下に浮いた皺であった。そして眉の下にある、灰色がかった青い目は前を厳しく見つめている。隣の彼をチラリと見ると、彼は油断なく王を見ていた。

 彼らを見比べてみると、王の方が年上に見えるのに、漂う風格はシャインの方が老成して見えた。


「こちらはクリストファー。私が城に戻る途中倒れていたところを助けた者です」


 王の視線がこちらを向いた。エルフは人間よりも瞳孔が大きいので見方によっては黒目だと見えることも出来る。そして、エルフと人間にはどうしてもなじめない周波があった。境界線のように住んでいる場所が違うのだと分からせてくれるものが。僕がそれに気づいてそわそわしていると、王は安心させるように、笑った。


「頭を怪我したと聞いた。良い医師を紹介してあげよう」

「クリストファーは怪我のせいで正式な手続きが踏めませんでしたが、どうか滞在中の衣食住の提供の許可をください」

「ああ、許そう」


 儀式的にそれだけを言って彼が隣で頭を下げたので、僕も慌てて深々と頭を下げた。そして、彼が去ろうとするのを王は声をかけた。


「シャイン、きっと忘れてはいないだろうが、三刻にはグラナ・アキュベーがやってくる。お迎えするように」


 彼の細い背中がそれと分かるように強ばった。薄い衣服だからなおさらだ。


「ナウサ、私は言ったはずだ。新たに伴侶を捜し、また裏切られるのはもういいと」

「そういうわけにはいかない。継続しなければ。私はあなたの妹君である母と約束した。そもそも、正統な王位はあなたであろう」


 僕は思わず、稲妻に撃たれたように二人を見た。二人の血のつながりを感じられなくても彼らは親類であるのだ。そして、彼は、シャインはエルフの王となるべき存在。しかし、彼は首を横に振った。


「王となるべき存在は他にいるだろう。それに私はもういいのだ。独りに慣れた。今更、伴侶が見つかっても良き家庭を作れるのか、どうか。グラナ・アキュベーにも辞退を申し上げてくれ」

「シャイン」


 王は老いた、疲れた声で言った。その声は彼よりも深かった。この年にたどり着いた者しか出せない声だ。


「そんなわけないだろう。私も妻が、チャネルが死んで自身の一部が死んだような気分を味わった。朝起きたとき、自分の右腕を失って泣いたように。あなたも分かるだろう。私がこの王座に座っていられるのも義務でしかないのだ」

「…とうに昔のことだ。そんなものは時間はざまで克服した」


 永遠に独りで生きる運命である彼らの深い傷がさらけ出された。

 乾いていて、永遠に塞ぐことがない。近くにいる僕が手をかけようとしても、手は逆に彼からでている鋭い棘で血が流れそうだ。


 それでも僕は彼の力になりたい。


「シャイン…」


 一足先に、絶望から浮き上がった王が彼の背中にもう一度言った。


「三刻に、スラナの大広間で、だ」


 彼は何も答えずに優雅に踵を返し、王の玉座を後にした。あくまでも軽やかに、毅然とした態度で。そんな小さな彼に衛兵は敬意を示す。


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