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逃亡者たち  作者: モーフィー
第一章 Dawn
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15、ワイズダム

 目が覚めたとき、僕は豪華なベッドで寝ていることに気がついた。


 清潔で肌触りの良い布。辺りにはわずかに花の香りが漂っていて、温かい。

 瞬きを繰り返す事に、自分がひどく不思議なところにいることを感じずにはいられなかった。白い石を丁寧に装飾して彫り上げた部屋に簡素な家具。それら一つ一つが曲線をおびていて、鈍い光沢を放っている。まるで貴族の家にいるようだ。


「気がついただろうか」


 穏やかな声が響き、視線をやると、椅子の一つに彼が腰掛けていた。長い衣をまとい、物憂げに手をもてあましている。


「…ここは」

「エルフの里だよ。私が死にそうなあなたを連れてきた」


 彼は猫のように椅子から降りると、側の水差しから器に透明な液体を注いだ。差し出されたまま飲むと、微かに苦かった。


「あなたの敵はここまで追ってこない。この部屋にいる限りは安全だ。そして今のあなたに一番必要なのは休息だ。これを飲んだら寝るといい」

「僕のノートは…」


 飲み干すと同時に強烈な眠気が襲ってきた。最後の言葉を言うのもままならず、僕は眠りの縁に引きずられていった。




 今度目覚めたとき、彼は部屋にいなかった。重たくもたれ込んでいた頭の痛みも過ぎ去り、僕はベッドから降り立つ。

 薪がパチパチと穏やかに燃え、小さなガラスがはめ込まれた窓からは曇り空にとけ込むような乳白色の塔が遠くに見える。冷たい床を歩き、水のような感触の滑らかな長い衣服を引きずる。暑くもなく、寒くもなかった。


 鈴を転がしたような鳥の鳴き声がして、そちらに目をやるとわずかに青みがかった白い羽根を宿した鳥がこちらを窺っていた。黒いビーズのような目は鳥に似合わない知恵を宿していた。


「おいで」


 僕が呟くと、鳥は控えめに飛び上がり僕の近くまで移動した。その羽根を撫でてやると、鳥は気持ちよさそうに体を震わした。

 しばらくの間近くの家具に腰掛け、鳥を撫でながらぼんやりする。一瞬、シャロンの顔、少年達の顔、そして母の顔が頭をよぎったがそれも圧倒的な安らぎの影に潜んでしまう。


「僕は何をすればいいんだい?」


 鳥はつぶらな瞳を見上げて、白いくちばしを羽根になすりつけた。そのくちばしからは何も聞こえてこない。ただ瞳に深い知識の泉がコンコンと湧いている。


 その時、扉が開き、波打つ黒髪をなびかせ彼がするりと入ってきた。そして立っている僕を見ると、わずかに笑った。


「もう、身体は大丈夫だろうか」

「はい。ありがとうございます」


 鳥は飛び立ち、彼のすらりとした腕に留まった。それから、白いくちばしを動かして、何かを喋るような仕草をする。それに彼は頷いた。


「ワイズダムによればあなたは十分元気になったようだ」

「この鳥は、喋れるんですか?」


 彼は微笑んで碧の目で鳥を見つめた。


「ああ、私には口を利いてくれる。ただし、彼が使うのは人やエルフが使う言語ではないのだが」

「それではこの鳥には知性があるのですか」


 虹彩が輝くようにして彼は僕を直視する。


「ワイズダムがどうして『賢者』と呼ばれているか知っているのか?」


 僕は戸惑って首を振った。


「ワイズダムは、元はすべての鳥を統治していた王であった。今から三百年前の話のことだ。けれど今は引退してエルフの里で余生を送っている。ワイズダムという名前も、与えられた称号だ。私は彼に敬意を表してそう呼んでいる」


 僕は気まずくなって、白い烏に頭を下げた。


「すみません…」


 賢鳥は僕がしたように首を鳥には滑稽に下げて見せた。彼は吹きだしたように小声でワイズダムに何か喋る。


「彼は全く気にしていないそうだ。この前は、酔った人間に鶏だと間違えられて捌かれそうになったことがあるらしい」

「そうですか…」


 彼は鷹揚に頷いた。それから手に持っていた麻袋を僕に渡した。中に入っていたのは編まれた帽子である。


「ほとんどのエルフは人間にとって良い印象を持っていない。外を移動するときにはこの帽子を身につけて欲しい。幸い、今はエルフの復活祭だ。通りには世界に散らばっていた様々なエルフが溢れているから、例え家の中で帽子を脱がない者がいたとしても、少し遠くから着た者だと思われるだけだろう」

 僕は手に持った帽子をいじった。


「あの、シャイン、僕は」


 僕が森の中でさまよっていた理由を言わなくてはいけないが、思うたびに残してきたものが僕の心を鈍らせる。そんな僕の様子を知ってか彼は言った。


「クリストファー、気にしないでくれ。話は追々聞こう」


 僕はモコモコとした帽子を被り、壁に飾られていた小さな鏡で確認する。


「早速なのだが、あなたにはエルフの王に会ってもらいたい。あなたは何も気後れすることはない。私に任せてくれ」


 彼は相変わらず薄着に裸足のままだが僕には温かそうなブーツが渡された。扉が開き、僕らが出ようとした瞬間、家具に留まったワイズダムが一声鳴いた。彼の顔を振り返ると、彼は笑顔で教えてくれた。


「後で、あなたが作った詩を披露して欲しいそうだ。彼は大の話好きでね」


 僕は扉を閉めるとき、優雅に佇む鳥に一礼した。


「ありがとうございます」


新キャラのワイズダムですが、英語の"wisedom"を作者が読み間違った発音です。本当はウィズダムです。テストにでる場合、注意してください。

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