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逃亡者たち  作者: モーフィー
第一章 Dawn
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14、白い森

 森は外からは想像が出来ないぐらい不思議と薄明るかった。息も切れて、僕は森の中をとぼとぼと歩いた。太股は刺すようにいたい。もう来た道なんて分からない。少年達に蹴られた痛みと、寒さが体力を消耗させていく。


「…だれ、誰か」


 うつろな目で見上げると、巨大なフクロウが飛び立つところである。不気味に鳥の鳴き声が響き、今にも凍死者の新鮮な肉を待ちわびているようにも思えた。

 氷のように鋭く尖った空気は吸うたびに喉を刺した。既に来た道は分からない。急に絶望感が堰を切ったようにあふれ出してくる。


「僕は…ここで死ぬのか」


 ぬるい寒さが静かに足を登り、とうとう僕は崩れ落ちてしまった。立ち上がれない。もうダメだ。けれどこの日記だけは彼に…


「シャイン…」


 もう一度彼に会いたい。


 ああ、白い狐が通りすぎる。


「クリストファー」


 静かな低い声が僕を呼んだ。朦朧とした目で木立を見つめるとそこには夢か現かシャインが立っていた。細い身体をひときわ際だたせる薄い衣をまとい、まるで天使のように佇む。それは周りを温かく照らしているようでもあった。


「ああ、僕は夢を見ているんだ…」


 彼は子鹿のような足取りで近づいてくる。幻想は思い切りリアルであり、紗のように輝く産毛の一本一本まで見える。僕は神に感謝した。


「ありがとう。僕にこんな素敵な夢を見させてくださって」


 彼の碧の目が戸惑い、細い指先が微かに僕の唇に触れ、初めてあったときの大理石の冷たさに驚く。薄い衣越しからでも透けて見える桃色の肌は例えようもなく美しい。


「あなたは冷たい」

「ええ…。けれどあなたを見ながら死ねるのは光栄です」


 彼はハッとして額に手を触れた。僕はその確かな感触に半ば驚き、そして幸せな気分になった。


「ここまでどうして。仲間は」

「僕は追われています。仲間はいません」


 そういっていく中にも身体の熱は失われていき、四肢の感覚はすでにない。しかし、心地よい。眠るように目を閉じて、彼との夢を見ながら安らかに永遠に眠り続ける。それも良いのではないか。


「友よ、私は何をすればいい?」

「…あなたと共に暮らしたい。時は流れず、すべてが永遠の中であなたと時を分かち合いたい」


 そう、それが望みだ。彼とならなんだって手放してもいい。そしてそれはもうすぐ手に入る。永遠の眠りにつき、終わることのない夢の中を漂えば…


「…分かった」


 静かな優しい声が降ってきた。ああ、身体は森の獣に食われても心は彼と一緒にいることができる。


「…また、夢の中で会いましょう」


 その時、彼は僕の頬に触れて、優しく言った。


「だめだ。目をつぶってはいけない」


 彼は手をこすり会わせて僕の耳に触れた。それはひどく熱く、停止しかけていた脳が再び働き始める。彼は指笛を鳴らすと、暗い空で舞っていた鳥たちが降りてくる。彼が小さな声で何か呟くと、鳥たちは僕に近寄り、身体をすりつけるようにして座ってきた。そのままじっとして、卵でも温めるような辛抱強さで待っている。やがて鳥たちの体温が僕に移り始め、ぬくもりが広がっていく。


「今から私はあなたに幻覚をかける。しかし、その間にも決して目をつぶってはいけない。分かったね」


 白い肌に映える長いまつげをふせ、僕の額に彼は手を置いた。碧の目が透き通るように美しい。僕が引き寄せられているように彼を見つめると、彼は突然のどの奥から鋭い音を出し、同時に額に爪を軽く突き立て、刺激を与えた。


 その途端、思考が急に停止される。身体の感覚が抜けていき、心だけで宙をさまよっている気分になる。目の端から虹色の光が飛び出し、楽しませるように形を変える。しかし、目は開いている。彼と約束したとおり閉じたりできないほど見開いた。遠くからは彼の歌声が細く聞こえてくる。それは冷え切った僕の体を温める濃厚な歌声だった。


「ラーガンの流れが子守歌を歌うところ

 美しいユリの花が風に吹かれる

 彼女の瞳に 黄昏の薄明かりが映るとき

 今宵は 彼女の髪に留まり

 そして恋を患う恋人のように彼女は私の心を虜にする

 私には人生もなければ 自由もない

 愛こそは すべての主であるから…」


"Largan Love" by traditional Irish music

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