専属侍女と質問大会
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-今から一年程前、陛下に側室をと言う動きが起こった。それが引き金になったのだろう、王妃様は元の世界に還ろうとした。王太子殿下を連れて。だが実際の所、還ろうとした本当の理由も、この世界に留まる事にした理由も知っているのは王妃様御本人と陛下だけだろう-
あの後、またしばらく見つめ合っていたが、流石にいつまでもそのまま廊下で立ち止まって居るわけにもいかず、お互い考える事があったのだろう。早苗の部屋の前まで無言で歩いた。
そして部屋の前でディスファルトはそう言うと、真実を知りたいのであれば真理に聞くように言い、何か困ったり解らない事があれば隣の部屋に居るからと言い置いて自室へと戻って行った。
自室へ入っていくディスファルトを見送りながら、早苗は何故真理が還ろうとしたのかを考える。
もちろん自分の世界に還りたい気持ちは何処かにあるのだろう。
(でも……真理さんは……)
真理は言っていたのだ。自分の欲しいものはこの世界にあると。
「ま、ここで私が考えても答えなんて出ないか。今度聞いてみよ」
そう呟いて自分に用意された部屋へ入る。
そこには侍女服を着た女性がいた。
「……えーと……」
一瞬どうしていいかわからずに居ると、彼女は優雅に一礼をして笑顔を向けてくれた。
「はじめまして、サナエ様でいらっしゃいますね?わたくしサナエ様の専属侍女を仰せつかりました、ルッティア・メイファと申します。これからどうぞよろしくお願いいたします」
そう自己紹介をし、ルッティアはまた綺麗な礼をした。
「専属侍女…? ああ!」
(そう言えば真理さんが付けるって言ってた!)
色々あったせいか、侍女を付けると言われていた事をすっかり忘れてしまっていた。
この世界の事を、全く解っていない自分にとってこれから随分頼る事になるだろう相手だ。
「こちらこそよろしくお願いします。真木早苗と申します。お聞きの事と思いますが、別の世界から来ました。なのでこの国どころか、この世界の常識も何もわからないのでご迷惑をおかけすると思いますが、どうぞよろしくお願いします」
早苗もそう言いながら頭を下げる。
「まあ! サナエ様! サナエ様は宰相閣下の婚約者とお聞きしております。そんな方がわたくしに頭をお下げにならないで下さい!」
ルッティアは慌てたようにそう言ったが、早苗としてはそうもいかない。
「いいえ、婚約は形だけですから。あと私、人にお世話される経験もないので出来れば普段のルッティアさんとして接してもらえれば嬉しいです。あ、もちろんお仕事に支障が出ない範囲でいいので」
「…そうですか。ではサナエ様、お互いの事を知るために質問致しませんか?」
「質問ですか?」
「はい。その中でお互いの妥協点とでも申しましょうか、そこを見つけましょう!」
「そっか、ルッティアさんにとって私の専属侍女はお仕事だもんね。でも私はそれだとすごし難いから…」
「はい! 実はわたくし、サナエ様の侍女に指名されてから伺ってみたい事がたくさんあったんです!」
早苗が可能な範囲で普段通りに接してほしいと言ったからだろうか、最初の完璧な侍女ぶりとは違う年相応の笑顔を浮かべながら答えてくれた。
(たぶん、この子とは友達みたいな関係になれる。そんな気がする)
「じゃあ、まず名前! えーと、ルッティアさんは私の事『様』付けで呼ぶのは絶対?」
「そうですね。そこは流石に変えるわけには…あ、わたくしの事はルッティとお呼び下さい!」
「うん。じゃあルッティね。じゃあ次は年ね。私は今年で25歳なんだけ」
「えええ!?」
思いっきり叫ばれた。そんなに驚く事なんだろうか……
「見えません! 全く見えませんから!! わたくしより1つ2つ上くらいだと思ってました……」
「ルッティいくつ?」
「18です」
「……ぴちぴち」
「はい?」
「ごめんなんでもない!」
(しかしまぁ18歳の娘に1つか2つ上に見られてたとはねぇ……ま、日本人は若く見られるのは何処でも一緒って事かな)
「ですが……サナエ様の国の方はお若く見えるんですね! 王妃様もとてもお若く見えますし!」
「あー、うん。私の世界でも、私の国の人は若く見えるみたいだね。でも真理さんは国とか関係ない気もするかなー? 確かお祖母さんがイギリス……別の国の人だって言ってたから」
「そうなんですか? でもお二人ともお若く見えますわ!」
「ありがとう。ルッティって侍女になってどのくらい?」
「わたくしは14の時に行儀見習いとして王宮に上がりましたので、4年ほどになりますわ」
「この国ではそんなに若いうちから働くの?」
そう聞くとルッティは少し考えるように言った。
「若い、のでしょうか?わたくしの家は下級貴族ですが、大体の下級貴族の娘は14、5歳で王宮に上がって、結婚するまで侍女として過ごす事が多いですね。上級貴族のお嬢様ともなればお屋敷で過ごすのですけれど、こちらはその分ご結婚が早いそうですよ?」
「……ちなみに結婚適齢期は?」
「女性は身分によって違うんですよ。この国の成人が18歳なので、上級貴族は成人してすぐに結婚される方が多いです。わたくしたち下級貴族は20歳過ぎくらいですかね…街の方々も20頃と聞いておりますが」
「早っ! 私この国だと嫁き遅れだねー」
「そんなことは!!」
笑いながら言うと、ルッティアは相当焦って否定してくれた。
(ルッティって……小動物みたいで可愛いな……あわあわってこういう動きの事なんだろうなー)
必死な様子が可愛らしく、早苗は暫く見ていたかったが、それもかわいそうなので大丈夫だと言っておく事にする。
「大丈夫。私の国、あ、日本って言うんだけどね、そことこの国が全然違うのは解ってるから」
「そ、そうですよね。それにもし誰かが何か言ってきたら、宰相閣下の御意志なのでって言っておけば大丈夫ですよ!」
「え?それで収まるもんなの?」
「はい。お相手のお仕事の都合で結婚が遅れる事もある事ですので」
「そうなんだ。そう言えばルッティは決まった人は居るの?」
「はい。婚約者が一人」
「そうなんだ。どんな人?」
「知りません」
「え!?」
さくっと即答されてしまって少し驚く。
「父が決めた相手なのでお会いした事は無いんですよ」
「そうなんだ……」
「はい。よくあることですよ。あ、サナエ様のお国の事をお聞きしてもよろしいですか?」
「いいよ」
(そっか、身分制度があるんだもんね。結婚も家同士か)
そんな事を思いながら、ルッティアの質問に答える。彼女の質問は多岐にわたった。早苗の事を理解してくれようとしているのだろう。生活、結婚、社会、直接早苗の生活や価値観に影響の大きそうなものを特に多く質問してくれた。
年頃の娘だけあって、恋愛や結婚の話題には食い付きが良かったように思う。
早苗とルッティアの質問大会は、ディスファルトが夕食の誘いに来るまで続けられた。