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お開き直前の乱入者

 随分長い時間、真理と話していた気がする。

 ディスファルトの私室では、窓から入る陽の様子だと丁度お昼を過ぎたころの様だったが、今ではすっかり夕日が部屋に差し込んでいる。


「もう随分陽が落ちたわね。そうだ! 早苗さんに部屋を用意してもらってるの! 此処にいる間は慣れないだろうし専属の侍女にも付いてもらうことにしたから」


「侍女!?」


「ええ。はっきり言って慣れないだろうし、要らないって思うだろうけど、向こうとこっちじゃ結構違う事も多いから。何だかんだで助かる事も多いわよ?」


「そうなんですか……」


 さすがに経験者が言うと説得力がある。


「まあ、慣れるまではね。それから部屋なんだけど……」


 その時、部屋の外がざわつき扉が蹴破られた。


(…はぁ!? 蹴破られた!?)


 固まってしまった早苗をと蹴破られた入口から入ってきた人物を見比べ、真理は困ったように柳眉を下げた。


「陛下!!」


 恐らく蹴破った犯人であろう男と、その後ろから男を呼びながらディスファルトが入ってきた。


(陛下って……)


 先に入ってきた男-恐らくこの国の国王-を見やる。


(うっわ! 無駄に美形!)


 神々しい美とはこういうものだとでも言うような、金髪碧眼のお伽噺から抜け出してきたような、正に王子様という容貌の男が立っていた。

 間違ってもドアを蹴破る様には見えない。


「レジアス。せめてドアは壊さないでっていつも言ってるのに……」


 真理はそう言いながら男の隣に立つ。

 二人が並ぶ姿は、とても神秘的で似合っていた。


(でも蹴破った犯人なんだ。しかもいつもなんだ。あー、黙って並んでると夢の世界の王子様と妖精のお姫様! なのになぁ……童話の挿絵みたい、なのに)


「怪我は無かったか?」


 いつの間に移動したのか、すぐ隣に来ていたディスファルトに尋ねられた。


「はい。それは大丈夫なんですが……」


「そうか」


「あの無駄にキラキラしてる人、この国の王さまですか?」


「……そうだ」


「……」


 色々言いたい。そう思いディスファルトの顔を無言で見る。

 すると、ディスファルトは溜息をつきながら言った。


「言いたい事は解る気がする。が、いつもの事だ。気にするな」


「……苦労してそうですね……」


「いや、まあ、王妃様程ではない、な」


(否定はしないんですね)


 ディスファルトの何となく歯切れの悪い返答に何と返そうか逡巡していると、いつの間にか真理と国王も傍に来ていた。


「早苗さん、紹介しておくわね。一応私の夫でこの国の国王やってる」


「レジアス・ローウィ・ルファだ」


 そう自分で名乗り、レジアスはそれこそ物語の王子の様な笑顔を浮かべた。


「……」


 思わず、唖然とした。あまりにも似ていた。顔の造形ではなく、表情の作り方が。


「早苗さん?」


 呆然とレジアスを見上げる早苗を不思議に思ったのか、真理に呼びかけられてようやく我に返る。


「す、すみません。真木早苗と申します。既にお聞きとは思いますが、不慮の事態でこちらに来てしまい、暫くこちらで御厄介になることになりました。よろしくお願いします。」


 そう言って今日何度目かになるお辞儀をする。


「……ああ。よろしく。そういえばサナエはマリと同郷だそうだな?」


「はい。真理さんはこちらに来る前は別の国に居たそうですが……」


「そうか。なら、時間が出来れば故郷の話を聞かせてくれないか? 私とマリに」


「はい」


(奥さんの故郷を知りたいだけなのか、こっちを警戒しているか……まあ当然か)


 そんな胸の内は一切出さずに頷く。


「……お前、使えそうだな」


 唐突に口調が変わった。思わず顔を見ると、表情もすっかり変わっている。


「……はい?」


「聞こえなかったか?」


「聞こえましたよ」


 即答すると愉快そうに笑う。

 そのやり取りを見ていたディスファルトはまた深い溜息をつき、真理は少し驚いたように目を見開いた。


「珍しいですね。陛下がご自分の本性をさらけ出すのは」


「そうだな。だが、サナエは感付いていたようだぞ?」


「そうなの!?」


 一斉に早苗に視線が向けられる。真理なんてぐりんと効果音がつきそうな勢いで。

 今まで一切口を挟まず、そっと成り行きを部屋の隅で見守っていたマーロウとエルミアも、心底びっくりしたと言うように早苗を見ている。


(……読まれてたか)


「……」


 何といっていいか、言葉に詰まる。相手は一国の王だ。余り迂闊なことも言えないだろう。


「気にしなくていいぞ。お前はマリの友人だろう?」


 あっさり被っていた猫を脱ぎ捨てたレジアスは早苗にもそれを要求する。

 真理の視線は先ほどの驚きから、いつの間にか妙に期待が籠ったものに代わっている。


「……何かに感付いた訳ではありませんが、表情を作ったのはわかりました。あと妙に警戒してるのと……うまい具合に丸め込もうとしてるの」


「充分だ」


 レジアスは今度は満足そうに笑うが、ディスファルトは不思議そうに尋ねる。


「なぜ、解った?」


「そっくりだったんです」


「そっくり?」


「はい。表情の作り方が、相手を丸め込んで自分に都合よく動いて貰おうと思ってる時の弟と」


「ふっ」


 真理が堪え切れずに吹き出し、ディスファルトは唖然としている。そんな中、当のレジアスは納得した様に頷いた。


「なるほど。それほど身近に同じ様な人間が居るからか」


「はあ。何だか済みません」


「表情を隠すのがなかなか上手いのもそのせいか?」


「いえ、社会経験の賜物です」


「なるほどな。ああ、忘れるところだったな。この城に滞在中のサナエの立場だが、取り敢えずディスファルトの婚約者と云う事にしておいた」


「は!?」


「へ!?」


 レジアスの爆弾発言にディスファルトと早苗の声が重なる。


「部屋も隣だ」


「なっ!? 聞いていませんよ!!」


 ディスファルトの抗議する声が聞こえる。が、レジアスはさっぱり気にしていなければ、撤回する気も無いらしい。


(あぁぁぁぁぁ!! 真理さんが言ってた強引な人のうちの一人かぁぁ!!)


「お前は結婚も婚約もまだしないとか何とか言い張ってるんだからいいだろう。突然異世界人だと触れまわってもマリの時の二の舞だ」


「あれは陛下が後先考えずに突っ走った結果でしょうが!」


「欲しい者はさっさと手に入れるのは当然だろう?」


「その結果王妃様に無用の負担を強いたではありませんか!!」


「どの道通らねばならん事だ」


「二人ともうるさーーーーーーい!!!!」


 喧々囂々と言いあう二人に、とうとう真理が切れた。思いっきり叫ぶと一気にまくしたて始めた。


「レジアス! 本人の了解も得ないで何勝手に決めてるの!! 突然右も左もわからない場所に放り出されてどれだけ心細いかわかる!? それにディスファルトは貴方とは違うの! 取り敢えずで婚約者仕立てあげないで! 大体さっきから何かおかしいわよ? レジアス、貴方何企んでるの?」


「……別に企んではいないさ。マリは王妃だ。例え友人だろうが同郷の人間だろうが、隣室と云う訳にはいかないからな。彼女が現れたのはディスファルトの私室だ。ならば事情を知るディスファルトの隣室にしておくのが一番妥当だし、近くに見知った人間が誰もいないよりはマシだろう?」


「ですが……」


「だからって初対面でいきなり婚約者はないでしょう? せめて事前に相談くらいっ」


「妙齢の男女に隣室を宛がうのはそれなりの理由が必要だろう? いくらディスファルトが真面目だろうが、理由がなければ良くない噂が出回るのは必至だ」


(王様の言ってる事は尤もだ。でも、多分それだけじゃない気がする……ま、そこは私が気にするところでもないかな?)


 早苗はそう自分の中で結論付け、改めてレジアスとディスファルトに向き直る。


「解りました。ディスファルトさん、ご面倒とご迷惑をおかけすることになりますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 そう言いながらもう一度頭を下げる。


「早苗さん……」


 真理が気遣わしげに早苗を見ている。真理も、もちろんディスファルトも解っているのだろう。解った上で、早苗の気持ちを思いやってくれたのだ。これ以上二人に心配はかけられない。


「真理さん、ありがとうございます」


 そう言って早苗は微笑む。本当に嬉しかった。いきなり訳のわからない場所に放り出され、パニックを起こしそうだった。それをこの二人が救ってくれたのだ。

 この世界へ来たのも、あの変態黒ずくめ・フィルのせいで、他の誰かが関与しているわけでもないだろう。


(この世界に来てから出会った人は、皆優しかった。その優しさに報いる事が出来るなら。私に出来る事があるなら、そのために必要な事なら。私は大丈夫)


 この国王陛下は有能なんだろう。少し話しただけである程度どんな人物か見抜くのかもしれない。

 見た目は本当に王子様だが、中身はそんなに優しくは無いのだろう。

 だが、この有能であろう上司の元で、末端としてでも働けるのはいい経験だろう。


「そうか。なら、部屋へ案内しよう」


「お願いします」


「ああ。ついてきてくれ」


 ディスファルトはそう言い、少し笑ってくれた。


「それでは陛下、王妃様、我々は失礼致します」


「失礼します」


 ディスファルトと早苗は頭を下げ部屋を出る。


「行くか」


「はい!」


 二人で長い廊下を歩いていく。戸惑いも不安もたくさんあるが、先に歩きだしたディスファルトの背中を見ていると、不思議と大丈夫な気がしてくる。


(歩き出そう、自分のために。一日も早く還るために。それにもし、本当にこの世界でやるべき事があるなら。きっと誰かの為になるだろうから-)

作者から見ると暴走夫婦です。

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