フェリオール伯爵領
フェリオール伯爵領。旧王領の一つであり現在はフェリオール伯爵、ロズウェルト・フェリオールが治めている。
領境の半分を隣国カデスと接し、もう半分をアルンブルの森に面している。
嘗てカデスとの戦争で被害が大きかった地域の一つであるが、アルンブルの森付近の豊かな土壌と、森からの恵みにより比較的早いうちに領内を建て直すことができた地でもある。
だが、それでも戦場となった土地では未だに戦前の状態に戻ることが叶わずにいるのであった。
早苗たちがフェリオール領へ入って二日目、必要な挨拶等は昨日済ませてしまっているので、領主の館がある街を見て回る事になった。
ルファ国の領は日本の県とよく似た形態をしており、領主が知事、領主館が県庁、そしてそれがある街が県庁所在地とほぼ同じであるようだった。
それ以外にも大小の街や村が存在しており、そこは村長や町長が纏めている。そしてそれらを統括するのが各領の領主である。
国によって多少の違いがあるのと、日本と違い世襲制ではあるがルファ国、メラリア公国、ラジェス国ではこの認識でいて問題はない。
カデスは各部族によって纏まっており、常にどの部族が首長となるかで小競り合いが絶えないとのことで、部族間の仲も余り良くはないそうだ。
「フェリオール領は王都から離れておりますし、アルンブルの森が近いですので、城下とは雰囲気もずいぶん違うと聞いておりますわ」
そう言ってルッティアは瞳を輝かせる。ショッピングが好きな女性が多いのは異世界でも同じであり、彼女も例に漏れずそうらしい。
「うん、楽しみだね」
早苗としては、ずっと王城に閉じ籠っており、漸く街に出たと思ったら立て続けに小旅行に出掛けた様なものであり、本当の意味でこの国を知る第一歩と言って過言でないのだ。
状況に流されるようにここまで来たのだが、それでも許される限りは自分の意思で選んできたつもりだ。
だがきちんと自身の目で見て、感じて決めた訳ではなく、あくまでも話に聞いただけの状態でここまで来てしまっていることが気になっていた。
だからこそ、今回の挨拶回りは自分の目で今自分が生きている国を、世話になっている人々を知るチャンスだと早苗は感じているのだった。
「では参りましょうか」
ルッティアに促され、領主館に用意された客室を出る。扉の外ではシスが待機していた。
「お待たせしました、シスさん」
「とんでもございません、姫」
シスはそう言って方膝をつき早苗の手を取る。この挨拶回りに出て以来、彼は人目のあるところではこの芝居がかった気障ったらしい態度を取っている。
早苗は今はまだ他国の賓客ーーそれも自国の宰相の婚約者の肩書きまでついているーーと言う立場だからだと説明されたので、多少むず痒くなるが仕方がないことなのだと受け入れた。
(最初はむず痒い所かうすら寒かったけど……慣れるもんだな)
出発前にシスから聞かされていたので、何とか表情に出なかったものの今までの態度との違いに軽く鳥肌がたってしまったのだ。
最も、側にいたルッティアはシスの外見に余りにも似合っているその態度に見惚れていたが。
そして今、シスはルッティアだけでなく領主館で働く侍女たちもすっかり魅了してしまっているようだった。
早苗は以前、陽介と幼馴染みに気障ったらしい言動をする男は危険だから必要以上に近付くなと言われ続けていたので、“ああ、こう言う事を普段からする人の事言ってたんだな”と今更ながら実感した程度だ。
「それでは参りましょうか? 姫」
「はい。今日もよろしくお願いします」
シスは早苗を優雅にエスコートする。最初は恥ずかしくて仕方がなかったのだが、これも慣れてしまえば自分一人で歩くよりボロが出にくいしいいだろうと思えるようになってきた。
廊下ですれ違う侍女達からは羨望や嫉妬が混じった視線を感じることも少なくないが、流石に何かをしてくる命知らずは居ないようなのと、一つの館に留まるのは二、三日の事だと思えばやり過ごせる。これも最初は余りの居心地の悪さに逃げたくなったが、仕事の一環だと思えば何とか開き直ってやり過ごせるようにんなったのだ。
(慣れって凄いよね)
学生時代のアルバイトで身に付けた営業スマイルを顔に張り付けたまま廊下を進む。後ろを歩くルッティアも恐ろしいほどの作り笑顔だ。
シスにしろルッティアにしろ、やはり王宮で働いているだけの事はあり一切本音を悟らせない。なのでここで自分が狼狽えてしまってはいけないと言う思いで早苗は笑顔を張り付けるのだった。
そうして街に出てみたのだが、やはりルッティアの言うように王都とは随分雰囲気が違っていた。
人通りも王都ほど多くはなく、通りを歩く人も街並みも何処か落ち着いた雰囲気をしており、活気は今まで通ってきた街ほどでは無い。
(まあ、これだけ王都から離れてたらある意味田舎だし……戦争からずっと回復しない土地もあるって言ってたっけ)
街を歩きながらぼんやりとそんな事を考えていると、前方に見慣れた騎士服を着た見慣れない青年がこちらに向かって歩いてきた。
「騎士団の人ですよね?あの服」
隣を歩くシスに尋ねれば、そうだと返ってくる。
「彼は近衛第二師団所属のウッドレイですよ」
「えーっと、近衛第二師団は……王宮の王族以外の要人警護、でしたっけ?」
「ええ。正解です」
「ティルボスティーノ第一副団長」
すぐ側まで来たウッドレイが一礼し、シスに声をかける。
「や、ウッドレイ。それ長いから普段はシスでいいって言ってるだろ?」
「いえ。それは」
(凄い、シスさんの家名噛まずにちゃんと言ってるよこの人)
若干的外れな事を思いながら二人のやり取りを眺めていると、不意にウッドレイに既視感を覚える。
(会ったことは、無いよね)
早苗は殆ど決まった場所にしか出歩かなかったので、出会う人もほぼ同じであった。なので何処かで出会っているなら大体覚えているのだ。
(大体部屋に閉じ籠ってたからなぁ)
ウッドレイの姿を眺めながら思う。シスと変わらないほどの長身、すらりとした身体は細身ながら鍛えられたいるのだろう。そして少し毛先がカールした金髪に茶色の瞳、そして少し上がった眦。パーツだけを見るとますます何処かで見た気がするのだったが。
「姫、彼は第二近衛師団所属のウッドレイ・フェリオールです。いずれ姫の護衛も務める事もあるかと」
シスに紹介され、ウッドレイは早苗に王宮に居る騎士達がよくする礼をする。元々早苗は騎士の事はファンタジー小説で読んだ程度しか知らないのではっきりとはl言えないが、形としてはBow and scrapeに似ている気がしている。
「ウッドレイ、君も知っているかもしれないがこちらの姫は宰相閣下の婚約者でラジェス国シルヴァ侯爵令嬢、サナエ・マキ・シルヴァ姫」
「初めまして。サナエ・マキ・シルヴァと申します。この国に来てまだ日が浅いので至らない点も多いと思いますがよろしくお願い致します」
そう言ってカーテシーとほぼ同じと思われる“貴族女性のお辞儀”をする。なぜ曖昧なのかと言うと、単に早苗がカーテシーと言うと黒猫を連れた宅急業を営む魔女のアニメで主人公がしていたな程度の認識しかないからである。
「ウッドレイ・フェリオールです。お会いできて光栄です、姫」
シスと違い真面目な表情を崩さないが、整った顔立ちをしている。
(この国の美形率の高さってなんなんだろうね、本当に)
「フェリオール様とおっしゃいますと、伯爵の?」
心の中では全く違うことを考えていたが、気になったことを聞いてみる。
「はい。ロズウェルト・フェリオールは私の父です」
「まあ、お世話になっております」
(確かに面影はあるけど、色彩が全然違うからバラバラに会うと咄嗟にはわかんないな……もっと似てる人がいた気がするんだけどな)
先程からすっきりしない早苗のそんな疑問も、夜には解消されることになる。
推敲甘いですごめんなさい。