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某日・某所にて

早苗とルッティアがほのぼのとした馬車の旅を始めた頃、とある場所では早苗達の来訪の先触れとして国王から送られた文書を受け取った者達がいた。




(面倒な事にならなければいい)


 それがその知らせを受け取った時の男が最初に思った事だった。


 今まで影も形も無かった筈の宰相の婚約者と言う娘が、男の治める領を含めたいくつかの旧王領の領主に挨拶に回ってくるらしい。

 他国から来た宰相の婚約者とは言え、所詮は貴族の娘。何ができる訳でもないだろう。それに今回は王族縁の地の領主に挨拶に来るだけだ。 


 今まで話にすら聞いた事が無かった宰相の婚約者だが、実は話だけは両家の間で上がっていたと言う。確かに殆ど国交のない両国だが、公爵夫人を介せば縁を結ぶ事が可能だ。そしてお互いカデスと言う不穏分子と言える国と国境を接している。


「あのような国、利用できるだけ利用してやればいいものを」


 男は常々カデスと言う国の利用価値を考え続けてきた。


 恐らくカデスがラジェス王国に対し、数年前から怪しげな動きを見せ始めた事で今回の婚約話が一気に進んだのであろう事は想像に難くない。ならばこの時期に婚約者である娘が挨拶と称しこの地を訪れる事に何らおかしな事はない。

 母国からカデスに睨みを利かせるよう申し入れをしてくるように命を受けている可能性が高いからだ。


 国王から届けられた文書を一瞥し、男は執務机から窓の外に視線を移す。


「そうだ、たかが貴族の小娘一人。どうという事は無い」


 ――今までも上手くやってきたのだ。そしてあの大改革と呼ばれた二年前でさえ自分は尋問される事すらなかったのだ。今さら小娘一人挨拶に来た所で何も気付くはずもない――


 男は机に肘をつき、外に視線を向けたまま口角を釣り上げる。

 男は自分のしている事が誰にも気付かれていない、誰にも気づかれることなどない。そう信じて疑った事がない。

 男の行いに難癖をつけ、その地位から引きずり下ろそうと言う者も存在するであろうからこそ、十分に気を付けて来たのだ。


「大体、これは貴族としての当然の権利だ。気付いた所で何になる」


 男の父もこうして来たのだ。男はそんな彼の背を見、自分の人生を歩んできた。彼の辿った道をなぞる様に。それで幸せに生きてきたという自負があるからこそ、そうすることで家族が、子供たちが幸せに生きられるのだと信じて疑った事すらない。


 貴族とは、庶民とは違う。贅沢を許され、他にも優遇された選ばれた存在。男はそう信じて生きてきた。庶民は貴族の為に生かされているのだと。

 だが現王のレジアスは違う。いや、先王も違ったのだろうが、彼はだからと言って状況を変えるだけの力が無かった。ところが、レジアスが即位した途端貴族たちへの締め付けが厳しくなり、多くの者が爵位剥奪や降格といった処罰を受けた。

 男はその前に領地の運営の為、王宮を辞していたので何も咎めは無かったのだが。


「全く……これも“貴族の務め”か」


 そう呟き、男は別の書類に取り掛かる。

 机のすぐ横の屑籠には、先ほど眺めていた手紙が握りつぶされ投げ込まれていた。




 男が思考していたその時、その執務室の扉の向こうで男の気配を探っている者が居た。執務室の中の男より遥かに若く、だが何処か男との血縁を思わせる面差しをした一人の青年だ。


 男が常に自身の利益のため生きている事を、青年はよく知っていた。その考えが悪いことだとは青年は思わない。だが、部屋の中の男はやり過ぎた(・・・・・)のだと青年は考えていた。


 青年には男が自分の利益のため、領民を犠牲にしている様にしか見えなかった。何故なら、緩やかに、しかし確実に領民達はの暮らしが逼迫してきているのだ。

 気がついてしまった以上見て見ぬふりは出来ない。領内の安定を第一に、総合的に見て(・・・・・・)領地全体に利益が出る状況で自身の利益を追求したと言うなら青年も止めるつもりはなかった。

 だが、男は領民を、領地を見棄てる処か食い物にしているかの如く、彼らの生活に少しずつ重圧を与えていっているのだ。その様な事、この領の領主として決して許されるはずはない。


 それを長く許してしまえば、いつか不満が溜まった領民達は領主に牙を剥くだろう。それは自領だけでなく、近隣の領をも巻き込む大事になりうる可能性もあるのだ。そしてそれは、巡りめぐって国の弱点となりかねない。内地なら兎も角、カデスと国境を接するこの地で決して起こしてはいけないのだ。


 この地はかつて彼の国との戦地となり、他の領と比べても荒れている場所が未だに存在している。

 万一再びこの地が戦火に見舞われれば、不毛の地となってしまう可能性も出てくる。


「父上、貴方が気づいておられないのであれば…私は…」


 その呟きは呟いた青年自身にも聞き取ることが出来ないほどに小さく消えていった。


 青年は何かを感じるものがあったのかしばらくの間その場から動かずに居たが、やがて何かを振りきるように踵を返し、扉に背を向け音もなくその場から歩き去っていったのだった。

見直す度に書き直しと言うループに嵌ってました。

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