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馬車の旅

 早苗とルッティアは、馬車に揺られながら初めて見る王都の外の景色に二人して盛り上がっていた。


「サナエ様! あそこに羊が居ます!」


「あ、本当だ。いっぱいいる」


 長閑な風景は、慣れない馬車での道のりを十分楽しいものに変えてくれる。

 早苗は見るもの全て新鮮で、ゆったりと過ぎる景色が見知らぬ世界に来たと言うどうしようもない心への負担を随分と癒してくれる。


「私、王都から出るのは初めてなんです」


「あれ? そうなの?」


「はい。うちは領地持ちの貴族ではありませんので」


「確か……官位貴族だったっけ?」


 余りに一気に詰め込んで勉強したので正直少し自信がなかったのだが、頷いたルッティアを見ると間違えていないらしい。

 子爵の少数と男爵の三分の一程度は領地を持っておらず、王都に住み王宮に仕えている家系に与えられている爵位で、騎士伯と並び官位貴族とこの国では呼ばれている。

 叙爵まで随分色々と面倒な手続きや承認が必要となるのだが、名誉職の様なもので不祥事を起こすと即爵位剥奪となる。

 王宮が貴族でなければ出仕出来ないのだが、領地を持つ貴族では自領の運営があるので長く出仕する事が叶わない。なので、爵位の相続権がない次男以降の男児など身元がしっかりしており、諸々の審査に通った者に爵位を与えたのが始まりである。

 だがその官位貴族たちの多くが、レジアス即位と共に不正を暴かれ爵位を剥奪されてしまったのだった。



 流れる風景を見つめながら、早苗は王宮での事を思い出す。街から戻った日、レジアスに翌日の早朝謁見の間に来るよう呼び出されたのだ。街へ行った報告もしなければならないと思い、休むのもそこそこにレポートを書き上げた。そして翌日、毎回のルッティアとのやり取りの後タイミング良く現れたディスファルトに連れられて、謁見の間を訪れたのだった。

 そこには、初めて謁見の間を訪れた時に居たメンバーが揃っていた。そこで次に、カデス国と国境を接する三つの領に向かうように言われたのだ。

 表向き向かう理由は早苗がエルクロード公爵家へ嫁ぐ下準備のためだそうだが、エルクロード公爵領とは隣接している訳でもなく、途中二つの他領を通過しなければならないのに何故と思ったのだが、今回向かう三つの領は嘗ては王領で、うち一つは領主もレジアスとディスファルトの大叔父に当たる人物の息子なのだそうだ。

 前領主は先々代の王弟で、愚王と呼ばれた兄王とその臣下達に嵌められ、カデスとの国境領に追いやられたのだった。だからこそ、先王やレジアスが国の改革に動き出したときから、隣領の領主たちと共に、陰に日向に協力してくれていた。それを理由に挨拶に行き、領の現状を無理のない範囲で調べてくるように言われたのだ。

 レジアスとエルクロード公爵そして今回は同行できないディスファルトからの手紙を預かり、すっかり早苗の分も準備を整えていたルッティアと護衛役のシスと共にすぐさま城を発ったのだった。



「サナエ様?」


「んあ?」


 ぼんやりと回想に耽っていたので、不思議に思ったらしいルッティアがこちらを覗きこんでいた。咄嗟に反応できず、随分間抜けな声が口から洩れてしまった。

 こんな時、自分は随分ルッティアに気を許しているんだと早苗は実感する。いくら昔より多少改善されたとはいえ、すぐに人と打ち解けられる性格をしている訳ではないのでこちらに来てからこれだけ短期間に親しいと思える人がこんなに出来るとは思わなかった。


「ごめん、ちょっと考え事してた」


「そうなんですか?御気分が優れないなんて事はございませんか?」


「うん、それは大丈夫。」


「それならいいんですけど……」


 どうやら馬車酔いを心配されたようだが、そこは王宮勤めの御者、快適な乗り心地である。

 最初、何を思ったのかシスが御者をやろうと言っていたのだが、それでは万一の時に対応しきれなくなりかねないので、若き天才御者(※ルッティア談)ラスティ・バレッジ、二十二歳が選ばれたのだった。因みにシスは馬で並走している。


「もうすぐ着くんだっけ?」


 王都を出て三日目、見る物が新鮮でも流石に少々疲れてきた。必要以上の寄り道をしている訳ではないのだが、ずっと走り続ける事も出来ないので途中休憩を取りつつ向かっている上に、途中通過する領の領主を知らん顔で通過すると言う訳にもいかずに一泊の予定を組んでいたのだが、“宰相の婚約者”で“ラジェス王国侯爵令嬢”と言う肩書きが領主に妙に歓迎されてしまい、出発を延ばそうと引きとめられてしまったりして、予定より少し遅れが出てきてしまっているのだ。


「そうですね……この領を抜ければ目的地の一つであるフェリオール伯爵領ですわ」


「夜までに着けばいいんだけどね」


「大丈夫ですわ! 多少予定より遅れるのは伯爵も承知の上ですから」


 時間に正確な日本に生まれ育っているせいか、早苗は遅れること自体に抵抗を感じるのだが、肩書きだけとはいえ、上級貴族の旅程は各領の領主の歓迎やら何やらで遅れがちなのである。なので迎える側も遅れる事は予測済みと言う訳である。


「うん、ごめんね。何だか遅れるってだけで落ち着かないだけだから。あんまり遅い時間に尋ねるのも迷惑だもんね」


「うふふ、そうですね。それに、気になるのは習慣の違いですし仕方ありませんわ」


「えーっと、フェリオール伯爵って言うのは……」


「フェリオール伯爵二年前に代替わりしたばかりで、それまでは王宮に勤めておいででした。御子息は騎士団に所属しておられるのでシス様の方が詳しいかと思います」


「そうなの?」


 歴史や貴族階級については少しは勉強したのだが、貴族個人の事は殆ど知らないのでこうして次の領が近付くとルッティアに講義をして貰っている。


「はい。そうなんです」


「そう言えばアンザット公爵も何年か前までは王宮に居たんだっけ?」


 今回の旅の表向きの理由はアンザット公爵領へ早苗の顔見せとレジアス達からの手紙を届ける事だ。そして実はその北側フェリオール伯爵領、南側のカンデラ侯爵領にもそれぞれ手紙を預かっている。


「はい。陛下の即位の直前までいらっしゃいました」


「直前?」


「先代のアンザット公爵が爵位をお譲りになられたんです。ご自身の体調が優れないと仰って」


「そうだったんだ」


 フェリオール伯爵、アンザット公爵、カンデラ侯爵に預かった手紙を渡し、早苗が「何卒よろしくお願いいたします」と言って来るようにレジアスからは言われているのだ。


(何だか色々あるみたいだけど、私は私の出来る事をやるだけだしね)


 政治に関して殆ど何も分からない自分が出来るのは言われた事をこなすだけだ。手紙の件は何とかなるだろう。シスとルッティアにぎりぎりまで必要な事を教えてもらって挑む事が出来る。だが問題はまだある。


(私自身の目で領地の状態を確かめろ、か)


 レジアスの口ぶりは何か含む物があった。余り先入観を持たない第三者的な視点で王都との違い等を見てこいと言う事なんだろうが、特に観察眼が鋭い訳でもないので少しばかり不安である。

 これほど慌ただしく出発になったのは、長く王宮で生活し、噂などから早苗自身に変な先入観が出来てしまう前に、王都との地方の差異をその目で見るためと言うのもあったのだろう。


(それでどうするつもりなのかは分からないけど。何か思う所があるからそう言ってるんだろうし)


 そう思って早苗は思考を切り替える。


「ねえ、ルッティ」


「はい?」


「真理さん、どうしてあんな事言ったのかな?」


 そう、謁見の間を出る前に真理が言った言葉だ。


「“夢に気を付けて”かぁ……」


「どう気を付けるんでしょう?」


「わかんない。でも何かあったらルッティにちゃんと言うから」


「はい」


 外は相変わらず長閑な景色が続いている。早苗とルッティアは結局それは起こってみないと分からないと言う結論を出し、フェリオール領についての講義に戻ったのだった。

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