街で
いつもありがとうございます。お待たせしました。今回いつもより長いです。
月霊殿――神殿が神を祭る神聖な場所であり、人々が修練と積み祈りを捧げる陽の場とされているので、死者は闇を纏い安らぎと眠りを司る月女神により静寂と安寧の眠りを守られる。
聖教では神殿のように多数の生者が出入りし、祈り溢れる神殿では死者の眠りを妨げてしまうとされている。その為、月霊殿は神殿のある土地には必ず存在し、死者の魂を守っているとされている。葬儀も一般的に月霊殿で執り行われ、そのまま敷地内にある墓地に葬られる。その後は時折墓参りに訪れたりして日本と大差はない。法事のようなものは無いそうだが、時折墓参りに訪れ、余程の事がない限り毎年命日にはここで死者に祈りを捧げる。
そんな場所に来たと言う事は――
「お墓参りですか?」
「それもして行くが、目的はすぐ近くに作られた孤児院だ」
「孤児院、ですか?」
月霊殿の近くに孤児院があると言う事が意外だった。死者の眠りを妨げないようにひっそりとした場所に月霊殿は建てられているのだから。
「そうだ。以前は街の中心部に独立してあったのだが……どうしても街の子供たちと折り合いが悪かったようでな。孤児と言うだけで迫害を受けたり、物取りの疑いをかけられる事もあったそうだ。それでマリがいっそ引っ越せと言いだしたんだ。皆で話し合った結果、月霊殿近くに孤児院を建て月霊殿の仕事を手伝いをして貰う事にしたんだ。その代り、月霊殿に勤める者は子供たちに読み書きや歴史を教える。ここからなら街までそう遠くもないが、ある程度の距離もとれるからな」
「それは、神殿ではできなかったんですか?」
「神殿にしてしまえば、子供たちは院を出ると神殿に入らなければならなくなるんだ。自分の意思で神職に就くのならいいが……そうでないなら出来る限りは自分の意思で将来を決められるようにしておきたい。それに、月霊殿を手伝う事で命ときちんと向き合ってくれればとも思っているんだ」
教会に孤児院が併設されているイメージがあったので聞いてみたのだが、意外な答えが返ってきた。
「神殿の手伝いしたら神職につかなきゃいけないんですか?」
「そうだな、今の所そうなっている」
「なんで!?」
「神殿は各国によって保護されているが、本来国とは不干渉の独立した存在だと言う事は教わったか?」
「はい。アーシェリア大陸にある国々の殆どは聖教を国教としているが国政には干渉権は殆どない、でしたよね?」
この殆どの部分は神託である。普通ならその解釈の範囲内でなら国政に口出し可能と言う事になってしまうのだが、不思議な事に神託が下る時は空に輝く虹がかかり、その虹がかかった時にしか神託は下りないのだそうだ。そしてその神託も滅多に下りる事はないらしい。なので、神託が下ったと偽って国政には口出しする事は出来ないのである。
本来ならその輝く虹は、生涯に一度目にする事が出来るかどうかと言う頻度でしか現れなかったのだが、ほんの数年のうちに二度も虹がかかった。
それが真理と早苗がこの世界に来た時である。だからこそ真理に神子の肩書きが付いているのだ。
「そうだ。元々神殿は神に仕える事を願う人間が働く場所であり、人々の祈りが集まる場所なんだ。国によって少しずつ関わり方は違うが、その事に変わりはないからな。だからこそ、神を祀る神殿で仕事をすると言う事は神職に足を踏み込むのと同義なんだ。月霊殿に関しては神殿の管理下にあるとはいえ、直接月女神を祀っているのではなく、彼女の加護を受け死者の鎮魂をするための霊殿になっているから、月霊殿を手伝ったから神職に就けとは言われないんだ」
「そう、なんですか」
(んー?よく分かんないけど……神を祀るってことに関して一般の人より踏み込んじゃったら何か神職に就かなきゃいけなくなる理由が出来る、のかなぁ?)
まさかとんでもない機密が隠されていて漏洩を防ぐために……なんて事はいくらなんでもないだろうが。この国、いやこの世界独特の何かがあるのかもしれないので、次に真理に会ったら聞いてみようと頭に留めておく。今ここでディスファルトに聞いて時間を取ってしまうより、元は同じ国から来た真理に聞いた方が、感覚が近い分理解できるかもしれない。
「行くか」
「はい」
そうしてディスファルトに連れられ、孤児院を訪問したのだが、子供たちは皆とても生き生きとしており、職員も以前いた場所よりこちらに移ってからの方がずっと子供たちが幸せそうだと話していた。
以前は学校にも通わせられず、街の子供たちとも毎日のように諍いが起きていた。それが今では、手伝いと勉強と言う二つのやるべき事が出来て、子供たちがとても前向きになったのだそうだ。
「おねーちゃーん! 一緒にあそぼー!」
職員の話を聞きながら院の庭に出ると、そこで遊んでいた中から三人、子供が嬉しそうに寄ってくる。多くの子が人見知りをしないようだ。人見知りの激しい子供時代を過ごした早苗からすれば羨ましく、何の躊躇いもなく早苗の手を引いて行く子供たちに戸惑いを覚えてしまう。
子供たちはそんな早苗の戸惑いなど気付いているのかいないのか、二人が早苗の手を引き一人が背を押して庭で遊ぶ子供たちの所まで連れて行く。
「何する?ね、おねーちゃん」
嬉しそうに早苗の右手を引いてきた栗色の髪の少女が、そう聞きながら同じ色の瞳を期待でキラキラと輝かせて見上げている。その横で左手を引いてきた亜麻色の癖毛の少年と、背中を押してきた金髪おかっぱの少女も同様に早苗を見上げている。
(うあっ!? が、外国人の子供ってなんでこんな反則的に可愛いの!?)
こんなに期待に満ち溢れた瞳で見られれば断る事等出来ない。子供が苦手と言う訳でもないので、特に断る理由もないのだが。ただ、この国の子供の遊びがさっぱり分からないので子供たちのやりたい事をする事にし、促されるまま子供たちの輪に加えてもらう。
(――結論。子供の体力に国も世界も関係ない。)
割と長い時間真剣に鬼ごっこをしていたせいで、院を出る頃には心身ともに疲労困憊だった。この後ディスファルトは墓参りに行くような事を言っていたので、その間に少しでも息を整えておきたい。
「俺は墓地の方に行ってくるが……どうする?月霊殿の中も見学できるが馬車で待っているか?」
「あ、中入ってもいいなら見せてもらいたいです」
中を見せてもらえるのは予想外だった。だがそうここへ来る機会もなさそうなので、見せてもらえるなら見せてもらっておく。
(ちゃんと、この目で見られるものは見ておきたいし。常識的な事で知らない事はなるべくなくしておきたいし)
そう思いながら、職員の女性に案内して貰い内部を見学させてもらう。その間墓地の方へ行ったディスファルトとは別行動だ。
「あの、見学させてもらって本当に大丈夫でした?」
「はい。国外から移住して来た方は見学に来て下さる事も多いんですよ」
「そう、なんですか」
「はい。どこの国でも作りは殆ど同じなんですけれど、やはり見ておきたいとおっしゃる方も多いんですよ」
「そうですか。本日はありがとうございました」
そうお礼を言い、叩きこまれた礼をすると、女性はにこやかに見送ってくれた。門の前まで送ってくれると言っていたが、これ以上彼女の時間を割くのも申し訳なかったのでそれは丁重に辞退しておいた。
門の近くに停められた馬車の前にはもうディスファルトが来ており、誰かと話をしているようだった。
「サナエ」
出てきた早苗に気付いたディスファルトが手招きをする。隣に居るのはがっしりとした長身の恐らく三十代中頃の男性だった。
「お待たせしました」
「俺も今出てきた所だ。サナエ、こちらは近衛第一師団長のクレメンスだ。これから王宮で顔を合わせる事も出てくるだろう。それでクレメンス、彼女がサナエだ」
「クレメンス・ディオラルドです。お話は陛下やシスからもお聞きしております」
「初めまして。真木早苗です。どうぞよろしくお願いします」
色々な人から事前に早苗の事は聞かされていたのだろう。お互いに簡単に自己紹介し、これから困った事があればいつでも言ってくれたらいいと言い残し、彼もまた月霊殿へと入って行った。
月霊殿を出た後、昨日とは違う場所を色々と案内して貰い、ルッティアへの土産も買う事が出来た。何故か当然のように徒歩の時は手を繋がれたのだが。
(そう言えば……ディルって誰のお墓参りだったんだろう?)
帰りの馬車に揺られながら思う。彼の母親は隣国の公姫で、父親は元王族なのだ。王族は王宮内に月霊宮と呼ばれる月霊殿と同じ役目の宮があり、そこに墓地があると今さっき説明されたのだ。祖父母の墓参りと言う訳ではないだろう。
(でも聞くのもあれだよね)
必要ならばいずれ話してくれるだろう。そう結論付け、流れる景色ぼんやりと見つめていると、朝から子供たちと遊んだ疲れが出たのか心地よい睡魔が訪れる。そんな早苗の横顔を、ディスファルトが穏やかに何処か愛おしげに見つめている事に、いつの間にか眠ってしまった早苗は気付いていなかった。