公爵邸にて
公爵邸へ到着し、リリナに熱烈な歓迎を受け後、何とか用意された部屋へ案内されるとそこは客室ではなく、ディスファルトの向かいの部屋で早苗の為に誂えられた部屋だった。
(うっ!あー……そっか。女の子欲しかったって言ってたもんね)
扉を開けた瞬間、白を基調に淡い色で揃えられた乙女の夢のような部屋が現れた。レースやリボンは白であり、小物やポイントに淡い色が取り入れられている。
(ピンクじゃなかっただけマシかなぁ?白も汚れそうで怖いんだけど)
母子家庭で働く母に代わり、家事を担ってきたからこそ思う。
(白って汚れ目立つんだよねー。落ちにくいし)
それでも早苗の為にリリナが張り切って用意してくれたのだろうその部屋は、早苗が居心地が良いよう配慮されているようだった。
白が基調なのも好みの色と大幅にずれが出ない為、そして早苗の年齢を考慮しての事であろう。やたらフリフリしているのはもう、長年女の子が欲しかったと言っていたリリナの夢の表れだろうから仕方ない。
(この国の女の人って日本よりレースとかの飾り多いみたいだし、ま、いっか。貴重な体験って事で。それにしても、これじゃあ荷物持って来なくてもいいくらいだったな)
部屋を確認しながら思う。服は元より、生活必需品からハンカチ等の小物までしっかり取りそろえられている。明らかに使う予定のない刺繍道具まで用意されていたので、いつかリリナに教えを受ける事になるのだろうか。
(裁縫は正直勘弁してほしいんだけど……)
ボタン付けだけは何とか出来るが、それ以外はさっぱりである。むしろ裁縫は弟の方が得意だ。それ以外の家事は家庭環境から自然と出来るようになったのだが、裁縫だけは大して必要にならなかった事が災いして上達しないままだ。
(でも、二泊するだけだよね?……貴族ってやる事豪快だなぁ)
早苗はたった二泊の為にこの部屋が用意されたのだと思っているので、その為にこれだけの物を用意して貰ったのは少し気が引けてしまう。
(そうだ!いつか独り立ち出来たら用意して貰った物、買い取らせてもらおう!……格安で)
いつまでこの世界に居る事になるのかは分からないが、いつまでも王城で客人扱いと言う訳にもいかない。最低でもまだ一年以上はかかりそうなのだ。いっそ自立を目指してみてもいいだろう。
そんな事を考えながら荷物の中から必要そうな物を取り出し、衣類など使わなくて済みそうなものはそのままクローゼットの隅へしまわせてもらった。
クローゼットに用意された服は、部屋着から街へ出かけるのに丁度良さそうなワンピースまで用意されてくれていたのだ。折角の厚意なので甘えさせてもらう事にする。と言うより、着ないとリリナ自ら早苗を着替えさせにやってきそうだ。
すっかり荷物も片付けと部屋の確認を終えてしまい、どうしようか考えていた時にディスファルトが夕食まで邸の案内をしようかと顔を出してくれた。
丁度何をしていいか分からなかったのと、一人では確実に迷子になってしまいそうだったので有り難く案内して貰う事にした。早苗は自分が方向音痴だと言う自覚があるので、大体の場所をメモする為に、メモ帳とボールペンを服のポケットに忍ばせておく。
邸の中を一通り巡り、庭を散歩している時だった。
「……明日は、今日とは違う場所へ行くつもりなんだが」
少し言いにくそうにしながら言葉と区切る。
「ディル?」
「いや、行けばわかる」
「そうですか」
意味深な言い方なのかもしれないが、早苗は特に問い返す事は無い。明日行けば分かるなら、言いにくい事を無理に言わせる事もないだろう。ディスファルトは饒舌ではないが必要な事はきちんと伝えてくれる。ならば聞かなくても大丈夫だろう。
その後も庭での思い出話を聞きだしたりしながら夕食までの時間を過ごし、公爵夫妻と共に夕食を取る。ルファ国を始めとするアーシェリア大陸の国々は、一日三食とる者が殆どだそうだ。三食と言っても、朝食か昼食のどちらか軽食である事も多いらしいが。
本当に食に関してはストレスのない世界で良かったと早苗は食事の度に思う。どうやらアルンブルの森近辺で質の良いハーブやスパイスになる木の実が自生しているのが、先々王の時代に判明したらしい。元より強欲と悪名高かった王は、噂を聞きつけるとすぐに研究者を派遣し、王都にそれらを持ち帰り栽培させた。それ以来王宮での食事事情が大幅に改善されたのだった。レジアス曰く、それだけがかの王の功績だそうだ。
そして王宮と一部の貴族の間で独占されていたスパイスやハーブ類は、先王の時代に国民全体に広く流通させられる事になった。それにより多くの民が独自のブレンドを行い、その中でも特に味の良いものは店先に並ぶようになり、ルファ国全体の食の質がさらに大幅に上がったのだった。甘味に関しては、先王に時代にいつの間にか国民の間で広まっていたのだ。
食事の質が向上した事により、より美味しい物を求める欲求が甘味の調味料を作りだし、菓子類をより良いものへと改良し、現在に至る。
と夕食時、公爵夫妻がルファ国の食事について熱く語ってくれた。食事文化について余り深く勉強していなかったのだが、夫妻が代わる代わる――そうは言っても殆どがリリナだが――分かり易く話してくれたおかげですんなり頭に入ってきた。
こうして一日目は過ぎていったのだった。
二日目の朝馬車に揺られ到着した場所は、昨日とは雰囲気が全く違う王都の外れに位置する一角にある神殿、と言うより教会の様に見える建物の前だった。まだ朝早い時間帯と言っても、人気が少なくひっそりとしている。
「ここは?」
ディスファルトを見上げながら早苗は問いかける。
「月霊殿――月女神の加護の下、安らぎの場へと旅立った者たちが眠る場所、所謂墓地だ」
そう建物を見つめたまま答えたのだった。
ちょっと説明くさいですね。街での事は次で終わる予定です。一応。
頭いいのに方向音痴な人っていますよね。学生時代の友人がそうでした。成績はトップクラスなのに校内でよく迷ってるのが、何だか可愛くて放っておけなかったです。