出会い
世界が白く輝いて目の前で弾けた-滅茶苦茶眩しかっただけとも言うが。
あの何もない空間から次に目にしたのがそれだった。
(って!! 普通異世界トリップって目が慣れるまで時間かかるもんなの!? 目を開けたら別の世界でしたじゃないの!?)
「……お前、誰だ? どうやって此処へ入った?」
突然頭上から低音が響いた。
「すいません。解りません。とりあえず目が慣れないので見えてません。此処が何処かも解りません」
「……」
此処が何処かも相手が誰かも解らないので、必要最低限に状況だけを伝えると、はあ…と溜息が落ちてきた。
(うん。溜息つきたくなりますよねー)
「ディスファルト」
「はい?」
なんとかぼんやりとは見えるようになってきた目を、声のする方に向ける。
「俺はディスファルト・エルクロード。レグルド大陸にあるルファ国の宰相だ。この中に聞き覚えのあるものはあるのか?」
「ご親切にありがとうございます。でも聞き覚えのある名前は全くありません」
そう言いながら早苗は頭を下げる。
「……随分冷静だな」
(いえいえ、貴方も大概冷静だと思いますよー……っは! 語尾があの変態外套男みたいになってる!!)
「人間混乱しきると案外冷静に見えるようです」
「そうか。目は?」
そう言われて何度か瞼を瞬かせてみる。今度はきちんと周りの景色も見えるようになっていた。
「あ。大丈夫みたいです。ありがとうございます」
言いながら相手に目を向ける。
(うわぉ! 超好み!)
「そうか。ならば其方の事を聞かせてもらえるか?」
そう言いながら茶色の涼やかな瞳を向けられる。
ダークブラウンの長い髪を無造作に一纏めにした長身で細身。顔の造形もなかなか整っている。
宰相と言っていたが、部屋の感じからして恐らく此処は彼の私室だろう。
早苗は少し緊張しながら立ち上がり頭を下げた。そして自分の社会経験から得た物を総動員して答える。
「不慮の事態とは言え、突然現れて申し訳ありません。私は真木早苗と申します。此処に来る前、何もないとしか表現しようのない空間で黒い外套の人物に異世界に送ると言われ、拒否したんですが強制的に此処へ送られてしまったようです」
「何も無い空間で……黒い外套……」
思案するように男は視線を上げる。
「はい。信じ難い事とは思いますが、私が元に居た場所とは全く違う場所に居ます」
「そうか。信じよう」
「…はい!?」
「どうした?信じると言ったのだが?」
「いえ、自分で言うのも何ですが、信じないでしょう。普通」
「嘘なのか?」
「本当です! でも…いきなりこんな事言われても信じられないんじゃ…」
余りにもあっさり信じると言われ、早苗の方が戸惑ってしまう。
「この世界に魔法は存在しない。あの様に唐突に光って人間が現れるなど私が知る限り、不可能だ」
「そう……ですか」
説明されても何となく腑に落ちない。それがうっかり顔に出ていたのだろう。男が続けた。
「前例があるからな」
「……前例?」
「ああ。今から五年程前にな」
「ほんとうですか!?」
信じられない言葉に今までの低姿勢も吹き飛び男に詰め寄る。
「本当だ。近いうちに会えるように……」
言いかけた時、物凄い勢いでドアを開け放ち一人の美少女が駆け込んできた。
「ディスファルト!!」
(扉をばぁん! って音立てて開ける人初めて見たよ……見た目は妖精さんなのに……)
派手ではないが美しく上質なドレスを着た女性が、正に全力疾走した後の様な出で立ちで肩で息をしながらそこに立っていた。
「王妃様!?」
「ええ!? 王妃様!?」
男-ディスファルトが慌てて口から出した単語に早苗まで驚く。当の王妃は膝に手をつき必死で息を整えていたが。
それを見て彼は先ほどより遥かに重い溜息をつき、つぶやいた。
「最近は大人しかったのだがな……」
「はい?」
「いや、気にするな。こちらは此処ルファ国王妃、マリー・イートゥア・ルファ様だ」
そう言って彼は王妃様に向き直った。
「王妃様、彼女は-」
「異世界から来たのよね?」
「は?」
「え?」
王妃様がディスファルトの言葉を遮って放ったセリフに、二人して固まる。
(いやいやいや! 何で!?)
「今ね、うっかりお昼寝してたら夢にフィルが出てきてね。『強力な~助っ人を~送りましたので~、今頃は~宰相さんのお部屋ですかね~』とか言ってたから飛び起きて走ってきたの」
そうあっさり言って王妃様はにっこりと微笑んで下さいました。
「え!? フィルって…変態黒ずくめ!?」
うっかりお昼寝だの走ってきただのはともかく、しっかり声真似をしてくれたので間違いは無いだろう。
(しかも妙に似てるし)
「そうそう」
「あの、どうして……」
自分でも今までにないくらい混乱していたのだろう。何も取繕えず口から言葉が出る。
「ああ! 自己紹介がまだだったわね。私は一応この国の王妃、マリーだけど本名は伊藤真理。別の世界から此処に来ました。半強制的に」
笑顔で爆弾発言をしてくれた王妃様だったが、一つ本名に引っかかった。
「日本人…?」
「ええ! もしかして貴女も!?」
(王妃様の目が輝いたようにみえた)
「あ! はい。申し遅れました。私、真木早苗と申します」
そう言いながらディスファルトにしたように頭を下げる。
「早苗さんね! 私の事は真理って呼んで下さいね!」
「で、でも」
さっきより遙かに嬉しそうな王妃--真理の様子に、困惑しながらディスファルトに視線を投げる。
すると彼は、また軽く溜息をつきながら頷いて見せた。
「じゃあ、真理さんで」
「ええ。よろしくね。ディスファルト!」
「はい」
「早苗さんは一度私が引き取ります。貴方は今回の事をレジアスに報告しておいて」
「畏まりました」
そう言ってディスファルトは部屋を出て行こうとする。
「あの!」
「どうした?」
「ありがとうございました。ディスファルト、さん」
「ああ。気にするな。ではまた後ほど」
そう言ってディスファルトは部屋を出て行った。
「さあ、早苗さんここでは何だから私の部屋へ移りましょう?」
「いいんですか?」
「ええ。ここへ来る前に侍女には伝えてあるから」
(にこにこしながら言ってくれてるけど……何だかこのままでいいの!? この展開って何かおかしくない!?)
心で叫びながら早苗は嬉しそうな真理に引きずられるように王妃の間へと連れられて行った。