結果・一つ目
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真っ直ぐに視線を逸らすことなくレジアスに据え、早苗は玉座の前まで足を進めた。右側をディスファルトが、左側をシスが共に歩いてくれたお陰もあってか、緊張していながらも止まる事なくそこまで進む事が出来た。
(これが、始まり……)
「で?出来たのか?」
こちらに挨拶をさせる隙を与える事なくレジアスが早苗に問いかける。
(余計な事はいいからさっさと進めろってことね)
普通ならばやたらと長い口上付きの挨拶から入るのが普通なのだが、今回室内に居るのは、レジアスと真理、公爵夫妻にオルスト、そして早苗、ディスファルト、シスの八人である。事情を知っている者だけなので遠慮は無用と言う事だろう。
レジアスは本来無駄を嫌う人間であり、真理曰く結構な面倒くさがりらしい。そんな彼が気心知れた人間だけの場で、公式のやたら長い挨拶など無駄以外の何物でもないのだろう。
「おはようございます、陛下。こちらをご確認いただけますか?」
まだ午前中と言われる時間である。朝の挨拶だけ最初に口にして本題に入る。早苗の持っていた書類をディスファルトに託し、レジアスに渡す--ハズだったのだが、レジアスがあっさり自分でそれを取りに来てしまった。
(やっぱり来ちゃうんだ……)
きっと自分が取りに行くのが一番早いと判断したのだろうが、何となくがっくりとしてしまう。ディスファルトの見ると微かに眉間にしわが寄っている。
レジアスは早苗から受け取った書類に立ったまま目を通している。
「…………これは?」
真剣に書類に目を通していたレジアスが、不意に顔を上げて早苗に問いかけてきた。
「公爵家の帳簿を見る限り、この国では現在単式簿記が使用されていると思います。単式簿記は簡単で少し学べば誰にでも扱う事が出来ます。ですがその分不正が横行しやすい形でもあります。それで其方の複式簿記と言いますが、単式簿記に比べて複雑で不正は出来ないとは言いませんが難しくなっています」
「それをこれから使えと?」
「いえ。決めるのは陛下を始めとするこの国の役人の方々です」
早苗がそう言うとレジアスは少し思案するような顔で尋ねる。
「ならば何故これを用意した?」
「陛下はこの国から不正を失くしたいんですよね?すぐには無理でも少しずつ、確実に減らして行きたいと思っているのではないかと思いました。なのでこう言う物もあると言う事を形にしただけです」
「なら、これを使う事を勧めているのでは?」
「私はそれを勧められるほどこの国を知りません。私の国では国と自治体……領地に当たると思いますが、そこは単式簿記の形を取っている所が多いです。反対に民間企業、そうですね……商人の様なものだと思っていて下さい。そこは複式簿記だったんです。なので単式簿記だと国家運営が出来なくなるなんて事は無いんです」
「そうか。何故商人たちは複式簿記を使う?」
「財務管理のしやすさと不正が少なくなるからです。徹底的に帳簿を洗い直せば不自然な点があれば見つけやすいんです。それに勘定科目を細かく記入する分経費の無駄も削れます」
「……ならば何故お前の国は其方にしないんだ?」
「利益を出す必要性を感じていないからだと思います。一国民として、金銭の流れをきちんとしてほしいとは思いますけどね。国家予算は税金なんですから。無駄もちゃんと数値として出して見直してほしいですし」
早苗の答えにレジアスが苦々しい表情になる。
(何か思い当たる節があるんだろうなぁ……)
「そうか。ではとにかくこれは預かる。お前の言う通り決めるのは役人と俺だ。だがこれを検討する価値はあると俺は思う」
「ありがとうございます」
「それはそうと公爵家の帳簿を渡した理由、きちんと理解した様だな」
「……現状把握、ですか?」
「ついでにお前の実力試しだ」
レジアスはにやりと口の端を上げて答える。その表情をみて早苗は--
(休日の朝に現れる悪役みたいな表情だな……陛下が悪役なら世のお母様方は悪役の応援しちゃうかもなぁ)
思わずそんな事を考えてしまった。
「今回の課題は合格だ、サナエ。正直俺の予想以上だった」
「っ、ありがとうございます!」
呑気に悪の怪人の格好をしたレジアスを思い浮かべていたら合格を告げられ、一瞬息を飲むがすぐに嬉しさから早苗の顔に笑みが広がる。
「早速だが次の課題だ」
「はい!」
「次は、明日から三日ディスファルトと共に城下の街へ行って来い」
「……街です、か?」
課題の意図が解らずに少し混乱してしまったのが顔と声に出たのだろう。レジアスは真面目な表情をして早苗の疑問に答えをくれた。
「ああ。お前はこの国に来てから王宮を出たのは公爵邸に行った時だけだろう?」
「はい」
「国を支えるのは民だ。俺たちやお前の生活を支えている大元は国民だ。そんな彼らの生活をまるで知らぬまま、国の財務に関わらせていく事を俺はするべきではないと思う。今この国に生きる民の多くは戦争や悪政の中、それでもいつか必ずこの国は良くなると信じ、あの暗黒の様な時代を支えてくれた者の子孫だ。他国へ流れる事なく国を守り抜いてくれた者たちだ。その時代を生きた者はもう殆ど残っていないかもしれない……だが、彼らが信じ耐え抜いてくれたからこそ、ルファは今また大陸一の国家へと戻りつつある。その彼らの想いを受け継いで、この国に生きてくれている。そんな国民の生活を見てくるんだ。この国の為に働くと言うのならばな」
「この国の為に、働くなら……」
「そうだ。国は民なくして成り立たない。俺はこの国をより良い国にすることで、苦しみの中支え続けてくれた者たちへ恩返しがしたい。そう思っている。長い道のりになるだろうがな」
「……はい。行かせてください」
早苗はそう答える事しかできなかった。そして同時に強く思う。
(この人の下で働いてみたい。この国の人たちを知りたい)
この国に来て自分の未熟さに気付かされる。そこで一生懸命生きる人たちの為に働く、それこそ父の進んでいた道ではなかっただろうか。憧れ続け、目指し追い続けた父の生き方だったのではないだろうか。そう気付けば迷いなんて何もない。この国の現状を知り、この国で一生懸命に生きる人の役に立てる人間になりたいと。
早苗やレジアスの言う事は一意見として受け取って下さい。