向かう道
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とうとうその日がやってきた。昨日、ディスファルトと夕食を食べながら、久しぶりにゆっくりとする時間を取る事が出来た。
ディスファルトは本当はもう少しその様な時間を作るつもりだったらしいが、彼自身も仕事が立て込んでいたらしく、早苗と大差ない生活を送っていたようだ。
そんな中でも自分を気遣って毎日様子を見に来てくれていた事に、そこまで心配をかけてしまっていたのか、無茶しそうに見えるのかと嬉しさの中に一抹の複雑な想いが胸を過ってしまったのだが。
(そんな心配かけるって成人した社会人としてダメだよね……)
「さあ、サナエ様。出来上がりましたわ!」
「ありがとう、ルッティ」
今日もルッティアら侍女たちが張り切って仕上げてくれた自分の姿を姿見で確認する。相変わらずいい腕をしている。ドレスもメイクも普段自分では選ばない系統の色だが、絶妙の色遣いで似合っているように見えた。
その後今回も過剰すぎるルッティアの早苗賛辞を聞き流していたら、時間になったとディスファルトが迎えに来てくれた。
何だかんだでディスファルトの傍にいる事にも随分慣れてきた。彼は普段から何くれとなく早苗を気にかけてくれる。形だけとは言え婚約者だからだろうか、元来面倒見がいいからなのかは測りかねるが、そのどちらでもあるような気がする。
(真理さんがディルの事真面目なお人よしって言ってたなぁ……)
以前真理とお茶を飲んでいた時にそう言っていた事を思い出す。傍にいたエルミアも同意していたので、元々人がいいのだろう。そんなディスファルトの部屋へ現れた右も左も分からない早苗の事を放っておく事が出来なかったのではないのだろうか。
(うーん……もしかしなくてもやっぱり負担になってるよねぇ……)
このままだらだらと彼の厚意に甘えていてもいいものかと思案する。まだまだ分からない事だらけなので、やはり身近なルッティアやディスファルトに頼ってしまう事も多い。状況が状況なのですぐには無理だが、出来ればきちんと成人女性として問題ない程度には自立したい。
「どうした?」
廊下を歩きながら考え事をしていたので心配されたらしい。王宮の廊下は広い上に、ディスファルトにエスコートされているので少々考え事をしながら歩いた所で人や物にぶつかる事は無いのだが、やはり安全とは言い難い。
「すみません、ちょっと考え事を……」
「考え事?」
「はい……」
そう言って俯いてしまった早苗を、心配げな顔でディスファルトが覗きこんだ。彼のブラウンの瞳にも若干の心配が浮かんでいた。
「不安か?」
「いえ、やれる事はやったので……これでダメだったら実力が足りなかったんだと思います」
「そうか?しかし……」
「本当に自分に出来る精一杯の事はしたんです。だからこれが今の私の実力なんです」
そう言いながらこれからレジアスに提出する書類を胸に抱き寄せる。これから一年間で出される課題を全てクリアする--それがレジアスが出した条件で自分はそれを受けた以上、一度でも彼の人から否が下されればそれで終わりなのだ。きっと出来なければこれから先公認会計士として決してやってはいけないからだろう。何しろ状況は頭を抱えたくなる程悪いのだから。
そんな早苗の姿を見てディスファルトの表情が緩む。きっと言葉にしない想いも汲み取ってくれたのだろう。彼は驚くほど敏い。早苗は元々感情がはっきり表に出る方ではない。どちらかと言うと解りにくいくらいだろう。全く出ない訳ではないので、ある程度付き合いが長くなれば解るようになるタイプである。そんな早苗の表情を出会って三ヶ月程度しか経っていないにもかかわらず、かなり正しく読みとってくれているのがディスファルトだった。
「そう思えるだけの事をしてきたのなら大丈夫だな」
「陛下に見ていただかないと分かりませんよ」
早苗がそう言って笑うと、ディスファルトも笑みを浮かべる。初めて会ったときから比べると、少しずつ彼が早苗の前で出す表情も増えてきた。それに気付いた時、受け入れられている事に心が温かくなった。
「では何を考えていたんだ?」
「え、あの……私はこのまま皆さんの厚意に甘えてていいのかなって……」
「何か不都合でもあったか?」
「いえ、全然!凄く良くしてもらってます!だから、いいのかなって……まだ今は分からない事も沢山あるのですぐにとはいかないですけど、そのうちちゃんと成人女性として問題ない程度には自立しないとって……」
「今のままでも十分じゃないか?」
「いえ、何かとルッティやディルに頼ってばかりですし……」
ディスファルトは早苗の言葉に何処か不思議そうな顔をする。そんなディスファルトを見て早苗もまた不思議そうな顔をした。
(あれ?何か……噛み合ってない?)
「てかさーまた廊下で見つめ合っちゃってるワケ?」
いきなり聞こえてきた声に慌てて周囲を見渡す。すると廊下の角からひょっこりとシスが現れた。呆れたような口調とは裏腹に、その顔は何故かニヤけているように見えた。
「シス」
「何か、いっつも廊下で見つめ合ってない?君たち」
「そんな事ありません!」
あらぬ誤解に早苗は赤くなりながら声を荒げる。そんな早苗を見てもシスは表情を改めるどころか今度は随分嬉しそうな笑顔になったのだった。
「いやー、いい傾向いい傾向。良いもの見ちゃったね」
「シスさん!?」
「いいって。ま、ちょっとは場所と人目を気にした方がいいかなーとか思っちゃったりしちゃうけどね」
(完全に何かを誤解してるー!!)
完全にシスの中で何かが出来上がってしまっているらしい。そしてそれは今覆すのは難しいのだろう。その事は完全に諦めてしまった顔でシスを見るディスファルトの顔がそれを早苗に雄弁に伝えてくる。
「邪魔しちゃって悪かったね。でもあのまま止まってる訳にもいかないだろうしさ。そろそろ時間だし行こうか?」
そう言ってシスは二人を促して歩き出す。そして謁見の間の扉が開かれ、中央の玉座に座するレジアスを見た時、背筋が震えた。知らず書類を持つ指に力が籠もる。ここから始まるのだ--と。
(陽介、お姉ちゃん頑張るからね!!)
昨夜夢に見た弟に心の中で呼びかける。いつだって早苗の味方になり応援してくれていた。だからこそ、昨夜の夢に勇気をもらったのだ。
そして、早苗は宰相と騎士に守られる様に部屋の中央へと足を進めたのだった。
早苗とディスファルトの二人で廊下を歩かせたら話が進まない事が発覚しました。