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前日・2

いつもありがとうございます。

 ディスファルトは夕食までに終わらせておきたい仕事があると言って、一度執務室に戻って行った。

 いつにも増して忙しそうだったが、そんな中様子を見に来てくれたのだ。そう思うと嬉しさが溢れてくる。


「宰相閣下とのお食事も久しぶりですね!」


「そうだね。今思えばだけど、何だか最近ディルも忙しそうだったよね」


「そうでございますね。元々お忙しい方でしたけれど、ここの所いつも以上にお忙しそうでしたわ」


「やっぱりルッティもそう思った? 私自分の事でいっぱいいっぱいだったから……」


「まあ! それは仕方ありませんわ! いくら二月経ったとはいえ右も左も分からない場所で勉強ばかりでしたもの! 慣れなくて当然ですわ! サナエ様は十分頑張っておられました! わたくしが保証致しますわ!!」


「ルッティ……一杯迷惑かけちゃったのに……ありがとう」


 いつも以上に早苗を認めてくれるルッティアに胸が熱くなる。この世界に来てから言われるままにだが必死でやってきた事は、間違ってはいなかっただろうか。


「いいえ! 迷惑だなんておっしゃらないで下さい! サナエ様は突然この国に連れて来られましたのに恨みごとも言わず必死でこの国の事を学び、陛下の課題も受けて下さっているんです! わたくしならきっと無理です! きっと……泣いて泣いて閉じ籠ってしまいます。サナエ様はそれでも自分に出来る事を一生懸命されているんです。わたくしもそのお手伝いが出来て嬉しいんです! それに! わたくしサナエ様のお陰で夢が叶ったんですよ?」


「夢?」


 最初は興奮した様に必死で伝えていたルッティアだったが、徐々に落ち着いてきたようで最後には茶目っ気たっぷりに言った。早苗は自分の夢は話したが、ルッティアの夢を聞いた事がなかった事を思い出す。

 婚約者がいるのと、お国柄結婚して家を切り盛りするのが夢なのかと思い込んでいた節もあるのだが。


「はい。実は、侍女として王宮に勤め出してから専属侍女になりたかったんです! 結婚がまだいつになるか分からないですし、わたくしの婚約者は仕事柄国にいない事も多いので……結婚したら侍女も辞めなければけないと思っておりました。だから専属侍女になるのはきっと夢のまま終わるんだろうと……」


「そうだったんだ……」


「はい!ですから、サナエ様には申し訳ない事なのですが、わたくしサナエ様がこの国に来て下さった事、本当に嬉しいんです! あ! 勿論、サナエ様にお会いできた事が一番嬉しい事ですよ!!」


「ルッティ、ありがとう。あのね、確かに来たいって言って来た訳じゃないけど……この国の人は皆凄く親切にしてくれて……私もルッティや皆に会えて、嬉しいって思うよ。トリップした所がこの国で良かったって思うから。だからせめて私に出来る事をしておきたいって思うの」


 ルッティアがこんな風に素直に心を打ち明けてくれる相手だからこそ、こんなに短時間で馴染む事が出来たのだろう。元々早苗は極度の人見知りなのだ。そのせいで転校した小学校ではなかなか馴染めなかった。今でも交流があるのはその時しつこいくらいに早苗を構いに来た二人だけだ。

 勿論成長するにつれ努力し、それなりに克服はしたのだが。


(あー、お母さんと陽介だけじゃなくあの二人にもちゃんと説明しなきゃ絶対引き下がらないだろうなぁ……)


 唐突に思い浮かんだ二人の幼馴染の顔に、少し遠い目になる。何しろ早苗の友人の中で最も付き合いが長いのである。嘘や誤魔化しは通用しない。納得するまで追及してくる。薄ら寒い笑顔と無表情で。


(うっ、何か考えただけで怖くなってきた……あんまり考えないようにしよ……)




 そのまま夕食の時間までルッティアとのんびり過ごし、ディスファルトが呼びに来ると彼の部屋で夕食を取る事になった。


「あの、ディル最近忙しそうでしたけど……もういいんですか?」


 食事も終わりに差し掛かりデザートを待っている時、早苗は先ほどルッティアから聞いた特に忙しそうだったと言う事が気になり、尋ねてみた。


「ん? ああ。もう大丈夫だ。今日で何とか片付けたから」


「やっぱり宰相さんって大変なんですね……」


「いや、普段はここまででもないんだが……それにサナエの方が大変だっただろう?」


「いいえ! したくてしてる事ですから」


「そうか? だが、余り無理はするな?」


「はい! でも、実はちょっと嬉しくて……夢中になっちゃいました」


「嬉しい?」


「実は、ここに来てからずっと不安だったんです。どうしていいか、何をしていいのか……何をしなければいけないのか全然分からなくて。言われるままに勉強して、マナーやダンスも教わって……基礎として必要なのは理解してたんですけど、結構焦ってたんだと思うんです。だから、自分でちゃんと目指す場所があるのが、何だか嬉しいんです」


 そう言った早苗の笑みは、今までにないほど輝きがあった。その顔に安心したのか、ディスファルトもいつもより穏やかで優しさに溢れた笑みを返した。


「そうか。それならいいが……これからは無理はしないように」


「はい。もういい大人なので気を付けます」


 早苗がそう言ったタイミングでデザートが運ばれてきた。この国の食事は日本で食べる物とは多少違うが、味も見た目も美味しい物が多かったのは有り難かった。


(ヨーロッパでありそうな料理だよねー)


 何がともあれ食事にストレスが少ないのは有り難い。毎食きちんと温かい食事が用意されていると言うのが慣れなくて、少し申し訳ない気になってしまうのだが。


(うん、有り難い事だよね! 今度お礼言いたいけど……誰に言えばいいんだろう……?)


「どうした?」


 思考があちこちしていたせいで、ディスファルトが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。


「あ、ごめんなさい。食事がいつも用意されているのって、有り難いなぁって思って」


「そう、か?」


「あ、ディルはそれが当たり前で育ってきてるんですよね? 私は母が働いていたので、基本的に家事は私がやってたんです。弟が大きくなってからは手伝ってくれるようになりましたけど。だから温かいご飯が用意されてるって有り難いなって」


「……そうだな。確かに」


「でも、侍女の皆さんも料理人の皆さんもそれが仕事ですもんね。ディルも国の為にいつも忙しそうですし。私はして貰ってばっかりで、感謝する事しか出来ないですけど……いつかして貰った事にお返しが出来るようになればいいなって思います。だから精一杯頑張ろうって思うんです。あ、何だか言ってる事訳分かんなくなってきちゃいました……」


 そう言って恥ずかしそうに俯く早苗を、ディスファルトは見つめる。こうして久しぶりの夕食は穏やかに過ぎていった。



 そして、誰にも知られる事なく少しずつ事態は動き始めるのだった。

今回と次の話で一話にするつもりだったのですが、長くなったので分けます。

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