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先行きと心遣い

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 二週間で昨年の公爵家の会計監査をする。

 これが早苗に出された一つ目の課題である。それを言い渡された日、今まで以上に慎重にやらねばならないと言う事もあり、今まで自分が使い慣れた道具を使い作業を進める事にしたのだが、その道具の殆どが存在していないらしい。それもあり、貴族と言う特殊な存在である事を考えてもそう簡単には行かないだろうと思っていたのだが……


(まさかここまでっ……!)


 頭を抱えたくなるとは正にこの事である。

 貴族と言う以上、表に出せない・出さない金の流れと言うものも覚悟はしていたのだ。いや、していたのだが。


「ここまでどんぶり勘定って……」


 表に出さない所ではない。これでは家庭の端数切り捨ての家計簿と大差ないのではないだろうか。いや、これでは家計簿どころか子どもの小遣い帳レベルである。


「…………あ! もしかして試験用にいじってるとか!?」


 不意に思いついて思わず声が出る。勢いよくもう一度帳簿を見直してみるが、この国の他の帳簿を見た事がないので、何か手を加えているのかどうかの判断はつかない。だが最初から手を加えた物を渡すだろうか。


(一年間あるんだし最初はありのままの状態を見せて状況把握が目的、かな?)


 だとすればこうなのである。恐らく何処も似たような物、下手すればもっとずさんなものもあるかもしれない。

 家庭内というか、屋敷内の帳簿ならまあいいのだろうが、これは領地の収益が記載されている公式の、それも王宮に提出される帳簿の写しである。

 単式簿記のせいもあるのか用途不明金が多すぎる。


(いや、待てよ日本も国は単式簿記だ! 企業は複式簿記だから……そう言えばまだ複式簿記ってないんだよね? でも今までこれで来てるんだからそんなに不都合は無かった筈なんだよねぇ……じゃあなんで今になって陛下は会計士が必要になったの?)


 そう。レジアスは会計士、それも恐らく会計検査院の様な存在が必要になったから早苗に今回の話を持ち出したように思われる。もし必要なかったのなら早苗は異世界トリップなんてしていないだろう。必要性を感じていなかったら、例えトリップしてきたとしても先日の口ぶりから、早苗はディスファルトとそのまま結婚させられていた様な気がする。どうもいい年した公爵家の跡取りが、浮いた話も結婚する気もないと言うのは結構な問題らしい。

 つまりレジアス自身が必要だと思っているのだ。だとすれば。


(勘定科目をもっと細分化出来ないかな?……あとは領収書の概念が存在するかどうか……勿論きっちりとは行かないだろうけど……でももう少しお金の流れがきちんと把握できる帳簿にしないとこれじゃやり方次第で不正したい放題……)


「そっか……それでかな……だとすれば複式簿記に変えて……」


 とにかく自分に出来る精一杯をすると決めたのだ。帳簿と向き合いながらどうするべきか考える。複式簿記にするにしても、どんぶり勘定ゆえに分からない事が多すぎるのだ。


(とにかくこれで監査してみて、その後は出来る所まで複式に変えてみよう。それを雛型として提出してみて……試してみるかどうかは陛下や偉い人たちで決めるだろうし、やって悪い事でもないかな)


 そう方針を決めて早速作業に取り掛かったその時、部屋の扉がノックされ-


「サーナエちゃーん、あーそびーましょー」


 心底気の抜ける拍子で扉の向こうから呼びかけられ、うっかりテーブルで額を打ちかけた。


「サナエ様はお勉強中でございますわー」


 扉を開けもせずルッティアが叫び返す。お陰でそのままテーブルに額を打ち付けてしまった。


(痛い……私、宿題やってない小学生みたい……)


 痛みに額を抑え、涙目になりながらルッティアを眺める。


「えー、ちょっとだけー」


「もう、どちら様ですかぁ?」


「相手分からないままやってたの!?」


 思わず突っ込んでしまった早苗だが、ルッティアは全く気にする事もなく扉を開ける。


「きゃあああああああああ!! ホンモノですわーーーー!!!」


 扉の向こうに立っていた人物を目にした途端、ルッティアは黄色い絶叫を上げた。


「ルッティ!?」


 余りの声に驚いて早苗も扉へと近付くと、そこには近衛騎士、シス・ティルボスティーノが立っていた。


「よ、サナエ」


「シスさん! ルッティ……?」


 何故シスを見てルッティアが叫ぶのかが分らず、早苗は不思議そうな顔をする。当のシスは少しは驚いたようだが、特に気にしていないようで涼しい顔だ。


「も、申し訳ございません!! わたくしとした事が……」


「いいよいいよ、気にしないで。俺も気にしないでおくから」


「いいんですか?」


 特に追及もせずあっさりと引きさがったシスに問う。


「うん。たまにああいう反応されるから。ここまで思いっきり叫ばれたのは初めてだけどね」


 そう言ってにこりと笑う姿は、着ている騎士服と相まってそれはそれは絵になる“爽やかな騎士様”であった。


「……えーと、ルッティはシスさんのファン?」


「ファン……ですか?」


 こてんと音が鳴りそうな動きでルッティアが首を傾げた。この国にない言葉は通じないらしく、聞き返される事がある。意訳して相手には伝わらないらしい。


「あ、ごめん。えーと、ルッティはシスさんに憧れてる?」


「はい! そうなんです!! わたくしの婚約者もシス様のような方でしたら嬉しいんですけれど……」


 そう笑顔で言うルッティアからは悲しみや切なさは全く感じられない。純粋にシスに憧れているだけなのだろう。芸能人に憧れているのと大差ないのだろう。


「嬉しい事言ってくれるね、ルッティアは」


「え、ええ!? 名前、どうして……」


 二人は面識はあるはずだが、個人的に話す事も少なかったのだろうか。シスが名前を覚えていたのがよっぽど意外だったようだ。


「やだなー。お互い王宮に勤めて長いでしょうが。覚えてるよ。ちゃんと。それにルッティアは凄く優秀だってエルミアが言ってたよ」


「エルミア様が!? 嬉しいです……」


 エルミアに褒められたと聞いてルッティアは頬を少し赤くして本当に嬉しそうだ。ルッティアはエルミアにも憧れているらしい。


「そうそう。それで、これ差し入れ。今朝ちょっと用があって街に行ったから。サナエは街にまだ行った事なかっただろ?だから焼き菓子買って来てみた。後でルッティアと一緒に食べてよ」


「わ!嬉しいです!」


「わたくしもですか!?」


 ちょっとした心遣いに嬉しくなる。今まで出会った人たちは皆何かと早苗に気を配ってくれる。それも当り前のように。そんな人たちだからこそ、自分の精一杯で返したいと思えるのだろう。


「もちろん。じゃあ、俺はこれから国王陛下の警護だから。根詰め過ぎんなよ?」


「はい。ありがとうございます!」


「シス様もお仕事頑張って下さいませ」


「ありがと。じゃね」


 そう言って爽やかな笑顔のままシスは去って行った。

 後でルッティアと食べた焼き菓子は、ほんのりとした甘味が心を解きほぐしてくれるようだった。

ルッティアさんはちょっとミーハー。でも早苗の前でないとそうそう素は出ないと思われます。

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