使えるもの
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計算機がまさかの大きさで衝撃を受けてしまったが、何とか立ち治った早苗は、ルッティアに聞いておかなければならない事に考えを巡らせる。
今まで歴史やマナーと言った常識は学んだが、生活用品や街の様子を余り知らずにいた事に今更ながらに気付いたのだ。
(ダメだ! いくらなんでもこれじゃマズイ……とにかく私に関係しそうな物の知識だけは入れておかないとっ)
貴族の令嬢として生きていくのであれば支障のない程度の事しか解っていない-つまり、誰かの庇護なしで生きて行く事が出来ないのだ。
本当に貴族の令嬢ならばそれでいいだろう。時がくれば家の為に結婚し、子を産み育てる。それが国の為になるのだから。だが、早苗は違う。その道を選んでしまえば、元の世界に還ることが出来る可能性が低くなるだろう。それに、元々のものとは多少違えど目の前に夢に近づく-少なくとも何もしないより還った時にプラスになるだろう-道が示されているのだ。やらないでどうする。
だからこそ今のままでは知らない事が多すぎる。
(知識だけじゃダメだけど……知識すらないんじゃいざって時にどうにもならないし)
「あの、サナエ様?」
考え込んだいたせいでルッティアが不思議そうな顔をして早苗を窺っているいる。
「あ、ごめんね。実はそろばんが思ってたより大きかったから他にも違いがあるかなって思って……」
「確かにサナエ様のお持ちの物と比べると随分大きいですよね」
「これは持って回る用だから小さい方だけど……普通のもそんなに大きくないからね。実は同じ様なそろばんはあるんじゃないかって思ってたんだけどね」
「そうなんですか! あ、もうひとつの電卓とはどういった物でしょうか?」
「あーっと……どう説明すればいいのかな……? ボタンを押すだけで勝手に計算してくれる計算機」
「まぁぁぁ! そのような便利な物があるんですか!?」
ルッティアの驚きは凄かった。仕方ないのだろう。何しろ小型のそろばんも存在しないのだ。勿論電気もない。勝手に計算するなんて想像つかないのかもしれない。
(……ってこと流石に電卓はあんまり使わない方がいいかもなぁ……)
早苗はそろばんも暗算も段持ちなので、特に電卓がないと困る訳ではない。数字もすんなり読めるので案外そろばんで計算しながらやるのが今の所最善ではないだろうか。
(まず最優先は陛下に出された課題、次に合間で勉強もしないと……全部一気になんて無理だから、誰かに相談して優先順位つけなきゃね!)
「そういえば、サナエ様?」
嬉々として電卓をいじっていたルッティアが不意に顔をあげて早苗を見た。
「どうしたの? いじってっていいよ? 電卓」
「あ、いえ。以前王妃様とご覧になっていた……ケイタイ? とこちらの電卓とは違う物なのですか?」
「あ、携帯かぁ……今充電切れてるから、後で充電してから見せるね。一応電卓も入ってるけど……そうだね、携帯は電話、遠くの相手と話したり手紙のやり取りをする機械だよ」
「遠くの人とお話!? 凄いです……魔法みたいです!!」
余程驚いたのだろうか、ルッティアは興奮した様に手をバタつかせている。電卓を持ったままで。
「うーん、この世界でもそのうち発明されるんじゃないかな?私のいた世界にも魔法とかないし」
「ふえぇ……」
呆けたように電卓を握りしめるルッティアを眺めながら、今話題に上がった携帯電話をソーラー充電器に繋いで充電を開始する。最近電池の持ちが悪くなってきたので、念の為にと購入し持ち歩いていた携帯充電器がこんなところで役に立った。
自主失踪ではない証拠になるかは分からないが、思い出と家族への釈明の為に時折携帯で写真を撮っておいている。勿論こっそりと。
(そう言えば……携帯見せた時真理さん一瞬固まってたなー……やっぱり待ち受けがたけのこだからかなぁ?)
今まで早苗の待ち受けを見た殆どの人が一瞬固まっているのだ。早苗は随分気に入っているのだが。
その後もルッティアは早苗の持ち物に随分興味があったらしく、色々と質問してきてそのたびに感嘆の声を上げていた。
分かったのが、早苗の持ち物の殆どがこの国に存在していないと言う事だった。
まず紙がない。他国で発明されているかもしれないが、少なくともルファと交易がある国には存在していない。鉛筆も同じである。この時点で早苗の持ち物の殆どが存在しない事が解ってしまったのだ。
ハンカチは高級品で貴族や裕福な商人等しか手に出来ないそうだ。一般的にハンカチは絹製、市井の人々が使う手ぬぐいは綿で作られているそうで、絹はラソーア大陸特産で大層高い。
それでもアーシェリア大陸でラソーア大陸と交易があるのはルファ国だけなので、他国ではもっと高いのだが。
(他の大陸の特産品って事はあれだよね! そろばんと紙は誰かに見られたとしても誤魔化せる範囲だよ……ね?)
ひとまず、あまり人前に出すべきでなさそうな電卓は使用せず、そろばんとノート、シャーペンを使う事にする。
万一事情を知らない人物に見られてもいいようにノートは使う時に一枚ずつ破り取って使い、尋ねられればラルシャ大陸から入ってきた物で、ラジェス王国から持ってきたと言えば何とかなるだろう。見られないに越した事はないのだが。
「ルッティ! そう言う事でよろしくね! あと、私が使ってる物で見た事無い物があったら教えてね」
「はい! お任せ下さい!」
早苗が頼むとルッティアは笑顔でそう答えた。電卓を胸に抱いたままで。
ルッティアが電卓を離さないのです。きっと凄く感動したんでしょう。
早苗は結構鞄に色々入れてる人です。きっと周りに「それ、要る?」とか聞かれる物も入ってるはずです。