狭間の世界
それ以外何も無い空間で、全身を黒い外套に身を包んだその(多分)男は満面の笑みを浮かべていそうな声で言い放った。
「ぱんぱかぱ~ん♪おっめでとうございま~す!貴女が『異世界トリップ』する事に選ばれましたぁ!」
「……」
「どうしました~? あ、僕はフィルって言います~。怪しい者じゃありませ」
「怪しいわ! どっからどう見ても怪しいわ!大体異世界トリップって何ふざけた事を……」
言いかけて気付く。
--ココは何処だ
目の前の男(仮)以外何も無い。本当に何も無い。信じたくはないが、自分が居た場所とは明らかに違う。帰る術も目の前の胡散臭さ全開の(多分)男が握っているんだろう。
「あ~……もしかして疑ってますね~? でも、選ばれちゃったんですよ~異世界トリップ♪」
「無理です。選び直してください。早く還して下さい。仕事行くんです」
「ん~それは無理?」
目の前の男(仮)が小首をかしげて言う。
(……が正直可愛くない。フードで口元まで隠れているせいか寧ろ怖い。ついでに間延びしたしゃべり方も何となく嫌だ)
「そんなのは可愛い女子高生にでもお願いして下さい。社会人は真面目に仕事しなきゃなんないんで す」
「でも選ばれちゃったんで~」
「迷惑です。大体何の基準で選んでるんですか。他にいくらでも居るでしょう。トリップしたい人。」
溜息をつきながら答える。男(仮)はその答えで、少し考える様なポーズをとりながら一歩近づいた。
「そうですねぇ……ぶっちゃけ異世界トリップしたいって思ってる人ほど可能性は低いんですよね~。ざっくり説明しますとですね~、一口に異世界トリップと言いましても何パターンかありましてですね~、二つの世界で事故なんかが同時に起こりまして~、その衝撃でたまたま時空に歪が出来まして~そこに引っ張られちゃうタイプと~、何らかの力を使って~他の世界から人なり動物なり何なりを召喚するパターンですね~。この二つは~言葉が通じないとかの弊害が起こったりしやすいんですよ~。まぁたまに空間超える時に文字は無理でも言葉は理解できるように順応しちゃう適応力抜群の方もいらっしゃるんですけどね~」
(長い。説明も長いが間延びした話し方のせいで余計に長い)
「で?私は後者でいいの?」
「あ、貴女はもう一つの方です~」
「まだあるんだ……」
正直説明聞くのが面倒になってきた。聞くまでココから出してくれなさそうだけれど。
そう胸の内で呟くが、そんな内心を知ってか知らずかマイペースに男(仮)は続ける。
「はい~。貴女は世界に呼ばれた方ですから~」
「世界に……呼ばれた?」
「そうです~。別の世界の~そうですね~神とでも言いましょうか~、取り敢えずそんな感じの存在に引っ張ってこられた方です~。世界に~呼ばれた方はぁ、ココみたいな~『世界の狭間』を通るんですよ~。あと~、神様特典として~、言葉の理解やら~ご希望の能力なんかを~、お付けいたします~」
「神様って……」
「まぁ~貴女連れてきたのは僕なんですけどね~」
(あんたかよ。何となくそんな気はしてたけどやっぱりか!)
口にも顔にも出さないが(社会人スキル)内心は突っ込みと悪態で一杯になってきている。
でも呼んだと言われたので取り敢えず聞いてみる。
「何の御用ですか?」
「それはいえませ~ん」
……………殴りたい。
そんな気持ちを込めまくって男(仮)を睨みつける。
「お断りします。」
「えぇ~!? お~ね~が~い~し~ま~す~よぉぉ~」
「ふざけないでください。理由も知らずにそんなこと承諾出来るわけがないでしょう!?」
「仕方ありませんね~。じゃあ無理矢理行っていただきましょう~♪」
「はぁ!? ふざけないで! 無理! 嫌! 帰らせて!!」
「あはははは~。では行ってらっしゃいませ~」
男(仮)がそう言った途端に、何も無い空間に光が広がる。自分の感覚が心許ないものになっていく。
「やだ! ね、還して!」
「だぁ~いじょうぶですよ~。今あちらでは~貴女が必要なんですよ~。だから、頑張って下さいね。真木早苗≪まきさなえ≫さん」
(間延びしないでしゃべれるなら最初からそうしてよっ)
そんな事を思いながら、早苗の意識は途切れた。