廊下での遭遇
遅くなりました。
謎の黒外套に異世界へ問答無用で放り出されて三日後、早苗は朝からルッティアと数人の侍女たちに念入りにあちこち手入れされ、派手ではないが上品で質のよさそうなドレスを着せられていた。
(どうしてこうなったの!?)
三日前、ディスファルトと共に夕食を取った際、仮にも婚約者を名乗る事になるので近いうちに口裏合わせを兼ねて彼の両親に会ってほしいと言われていた。
その時、両親は領地で隠遁生活を送っているので一~二週間後になるだろうとも言われていたのだが。
(それがどうして今日!? あれからまだ三日しか経ってない~)
どうやらレジアスと共に国の改革を始めてからというもの、浮いた噂もなく縁談に見向きもしなかった息子が自分から婚約すると言ってきたので、とにかく話を聞いて相手に会わなければととるものもとりあえず駆け付けてきたそうだ。
(いきなりぽっと出てきた素姓の分からない女が婚約者です、だもんねぇ……そりゃ騙されてるんじゃないかって心配になるよね……)
これが早苗の弟なら騙されてる所か何企んでるだ、騙してるんじゃないかとなるのだが。
後から聞いたのだが、ディスファルトの父は先王弟で公爵らしい。この話を聞いた時、婚約の話は無かった事にして逃げ出したかった。
「お似合いです! サナエ様!」
物思いにふけっていると、良い仕事したと言わんばかりのイイ笑顔でルッティアはそう言って他の侍女たちに姿見を早苗の前に持ってくるように言いつけた。
「どうです!? いい感じじゃありませんか~?」
「…………」
姿見に映る自分の姿に言葉が出ない。
普段と余りにも違うんじゃないだろうか。同じ事務所に勤めていた先輩辺りが見れば詐欺だと言いだすかもしれない。
ひっつめるかポニーテールにしている事が多い黒髪はサイドアップにされ、小ぶりだが繊細な細工の施された髪飾りが飾られており、化粧も普段から薄化粧なのだが、今は薄化粧ながらいつもより数段華やかに仕上げられている。
(この技術欲しいわー……後でメイク術教えてくれないかなぁ?)
しみじみと思う。忙しさにかまけて色々サボっていた事を痛感した。
この姿を母親が見れば泣いて喜ぶかもしれない。
常々仕事と勉強にばかり気をやってお洒落一つしなかった娘を心配していた母だ。
(……写メ撮っとくか……)
「サナエ様?」
「へ!?」
声をかけられ気が付いたら侍女たちが不思議そうにこちらを見ていた。
「ご、ごめんなさい! まさか自分がこんな風になるなんて思ってなくて!」
慌ててそう弁解すると、ルッティアは満足そうに笑みを深めた。
「サナエ様は元がいいんですもの! 磨けばいくらでもお美しくなりますわ!!」
「それは言い過ぎです」
テンションの上がってきたルッティアに冷静に突っ込んでみるが、聞いていないようだ。
どうしようかと思っていると、ノックの音がしてディスファルトが迎えに来たので、そのまま出かける事になった。
「今日はいつもと違うな」
廊下に出てすぐそう言われたので、早苗は少し驚いてしまった。
「あ、はい。ルッティア達が頑張ってくれました」
「そうか。普段も綺麗だが今日も綺麗だな。よく似合っている」
「あああああ、あり、がとうございます…」
照れるどころではない。好みの顔の人物に綺麗とか言われたのだ。早苗は真っ赤になりながら礼を口にする。
(社交辞令なんだろうけどっ! 心臓に悪いです!!)
それは丁度曲がり角に差し掛かった時だった。ディスファルトの部下らしき人物に呼びとめられたので、早苗は邪魔にならないよう角を曲がったところで待っている事にしたのだが、普段と違う恰好をしているせいかどうにも落ち着かない。
(あ、れ?)
俯いていたせいで気付くのが遅くなったのだろうか、ふと気配を感じ視線を上げると侍女と青年を伴った女性がすぐ傍まで来ていた。
恐らく何処かの貴族の令嬢だろう。胸元が開いた派手なドレスに身を包み、結い上げられた綺麗な金の髪には大きな髪飾りが飾られ、耳と胸元には豪奢な宝飾品が飾られている。
(うわ、胸でかっ)
思わず胸元に目がいってしまう。
その女性にすれ違いざま、何故か睨まれてしまった。
(怖っ……胸見てたのバレたのかな? いや、でもあの格好は見てくれって言ってるようなもんでしょう)
何とも言えないもやもやした気持ちになりながら女性の後ろ姿を眺めていると、話しが終わったらしいディスファルトが来たので、そのままその場を後にする。
心の片隅の少しだけ嫌な気持ちを残して。
そろそろ話が進んでいくと思います。やっとです。