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【完結】恋は、終わったのです  作者: 楽歩


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30/43

30.再会の約束

 ガラスが割れた音とともに、頬に少しだけ水滴がつく。



「あー……良かった、間に合った」




 グラスが届く寸前で、息を切らしながら駆けてきたレオナードが、覆いかぶさるように、庇うように、私の前に立ちはだかった。




 冷たい液体がレオナードを濡らしていた。




「おい、これは一体どういうことだ」


 レオナードの低く、けれどはっきりと響く怒気を含んだ声。その場にいた令息や令嬢たちが一斉に息を呑む。





「こんなことが許されるとでも思っているのか!」


 振り返り、威圧するような視線を向けるレオナードに、彼らは後ずさった。さっきまであれほど傲慢に振る舞っていたのに、今は怯えたように目を逸らしている。





「ま、まだ……今日までは学生だ。平等なうちは言いたいことを言ってもいいだろう」


 誰かが震える声で言った。その言葉に、レオナードは冷ややかに笑う。




「こんな何人もで囲んでおいて平等だと? 平等な人間にお前たちはグラスを投げつけるのか!?」


 彼は一歩前に出る。その圧に、誰もが息を詰まらせる。





「なんなら、平等とは何か今すぐ学院長のもとで確かめてみるか? ……リディアは、侯爵令嬢だぞ。お前たち覚悟をするんだな! 少なくても俺は許さない!」



 沈黙が落ちる。



「み、みんな行きましょう」



 エマの声に、顔を青ざめさせたものたちが、返事もせずに一斉にその場からいなくなる。








「……リディア、大丈夫か?」


 レオナードが私の方を向いた。シルバーの髪からも水滴が落ちる。




「そんなに濡れてしまって……」




 ぽろり、と涙が零れる。





「あー、泣くな泣くな。大したことない」


 レオナードは困ったように笑い、胸のポケットからハンカチを取り出す。だが——




「……ああ、ハンカチも濡れているな」



 レオナードは、ハンカチをしまうと、迷いなく自分の袖で私の涙を拭った。





「あっ! しまった、間違えた……」


 彼が戸惑ったように呟くのが可笑しくて、私は涙の合間に微笑む。





「ふふ、あなたでも慌てるのね」


「泣いていたら普通、心配で慌てるだろ? いつもは、隠していただけだ」


「……初めて聞いたわ」


「初めて言ったからな」




 小さく笑い合う。







「ごめんなさい、ジャケットが……」


 申し訳なさそうに言うと、レオナードは気にした様子もなく肩をすくめた。




「ああ、いいんだ。安物だから。はは」


 軽口を叩きながら、彼は濡れたジャケットを見下ろし、ふっと息をついた。




「まあ、中までは濡れていないからジャケットは脱いでしまえばいいが、会場には戻れないな。一通り挨拶は済ませたから……そんな顔をするな、リディア」



 ジャケットを脱ぎながらそう言われたが、申し訳なさが消えない。あの人たちを挑発などしなければよかったわ。





「おっ! ダンスが始まったようだぞ」


 その時、華やかな音楽が響き、舞踏会の雰囲気がさらに盛り上がったようだった。庭にまで届く音楽の中、レオナードが軽く手を差し出した。




「レディ、私と踊ってくれませんか?」


 その言葉に、思わず目を見開く。




「いいの? 私、賭けに負けたのよ?」


 賭けはレオナードが勝ち、『エスコートをする』で、終わったはずだった。




「いいんだよ」


 レオナードはいたずらっぽく笑う。




「俺は、万が一、負けた時のために必死で練習したんだ。侯爵令嬢に恥をかかせないためにな。練習の成果を無駄にさせる気か?」


 その言葉に、くすりと笑いが漏れた。





「ふふ、じゃあ、喜んで」


 彼の温かい手を取る。




 夜の星空の下、リズムに乗せて、レオナードの手に導かれながらステップを踏む。





「文官試験、合格おめでとう」


「……ああ。これから配属先を決める面接が行われる」



 彼の視線がふと遠くを見た。




「どこを希望するの?」


「兄が家を継いだら、爵位はなくなるからな。王族直近や外交は無理だろう」


「外交に進むと思っていたわ」



 いくつもの他国の言葉を熱心に勉強していたから……。




「まあ、拾ってくれたところで頑張るさ。そこのトップに——最年少で、だ」


 彼らしい言葉に、ふっと微笑む。





「そう言っていたわね」


 レオナードは小さく頷いた。


 音楽が少しだけ緩やかになる。ステップも自然とゆったりとしたものになる。ダンスの時間もそろそろ終わりね。





「……会うのが当たり前だったのに」


 不意に胸が詰まるような感覚に襲われた。






「終わってしまうわね」


「……ああ。終わりだ」


 レオナードの声が、夜の静寂に溶ける。





「なあ、リディア。もし、いつか同じ夜会に居合わせて、俺がダンスの申し込みをしたら、断らないか?」



 彼は真っ直ぐ私を見つめた。私は彼の瞳に映る自分の姿を見つめながら、そっと微笑む。





「あなたの申し込みを断るわけがないわ」




 夜空の星々がふたりを見守る中、私たちは再会の約束を交わした。




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