19.ダリウス帰国
sideリディア
「おお、ダリウス! やっと帰ってきたか!」
レオナードの弾んだ声が、朝の冷たい空気を吹き飛ばす。
校門をくぐったばかりのダリウスは、変わらぬ笑顔を見せながら片手を軽く上げた。その隣には、カタリナの姿。
「レオ、リディアも久しぶり」
久々の再会に、私たちの顔にも自然と笑みがこぼれる。
「……とはいえ、手紙のやり取りを頻繁にしていたせいか、あまり久しぶりって感じもしないけどな」
レオナードが肩をすくめると、ダリウスは苦笑しながら首をかしげた。
「はは。帰ってすぐに会いに行けなくて悪かったな。これから、留学先の第三王子がこっちに留学するから、その歓迎やらお偉いさんとの顔合わせやらで忙しくてな」
「本当よ。ろくに話もできていないうちから、お茶会などに引っ張り回されて、私まで大変な目に遭ったわ」
カタリナが小さく溜息をつきながら言うが、その表情にはどこか喜びが滲んでいる。
きっとダリウスのそばにいられることが、彼女にとっては何よりも嬉しいのだろう。
「埋め合わせは、必ずするよ、カタリナ」
ダリウスは彼女の手を軽く握りながら、そう約束する。そして、おもむろに持っていた包みを取り出した。
「そうだ、お土産がある。レオには、欲しがっていた本。リディアには、隣国の有名店の菓子だ」
「嘘だろ!? これ、『大陸史論』 じゃないか! 廃版なのによく見つけたな!」
レオナードが驚きの声を上げる。大事そうに抱える姿から、長らく探していたものだと一目で分かる。
「隣国の古本屋でたまたま見つけたんだ。カタリナも世話になったしな」
そう言って、ダリウスは意味ありげにカタリナと目を合わせる。
「……私は、世話になっていないわ。むしろ、世話をしたくらいよ」
「はは、今の俺は、カタリナに何と言われても平気だ。ありがとう、ダリウス!!」
ダリウスは笑いながら肩をすくめる。
「積もる話は、昼にでもしよう」
「ええ、そうね。それがいいわ」
ダリウスとカタリナは、本を大事そうに抱えるレオナードを見て、ほほ笑みながら言った。
再会を語り合う昼休み。待ち遠しくて仕方がないわ。
*****
「で、一緒に来た王子殿下は、どんな方だ?」
レオナードが興味深そうに問いかける。
ダリウスは、軽く顎に手を当て、少し考えるそぶりを見せた後、答えた。
「二つ年下だな。友人というのは畏れ多いが、この国の話をせがまれて話すことが多くてな。私の留学が終わる時期を見計らって、一緒にこの国に来たんだ」
「二つ下か。じゃあ、俺は関わることがなさそうだな」
レオナードがあまり関心のない様子で答える。しかし――
「友人を紹介してくれとは言われているからな。そのうち会うと思うぞ」
「……おいおい、まさか俺が?」
ダリウスのさらりとした言葉に、レオナードが驚いたように目を丸くする。
「レオナード。そうなったら、口には気をつけなさいよ? 流石に、不敬なんだから」
カタリナが眉をひそめる。
「俺は、時と場をわきまえる男だ。余裕だな」
レオナードは胸を張って得意げに言う。
「その自信はどこからくるのか――正直、疑わしいのよ」
カタリナがため息をつく。その様子に笑いをこらえた様子のダリウスが続けた。
「穏やかな性格で、文化や歴史の研究をしている。第三王子だが、将来は王立の研究所で働くことが決まっているそうだ」
「研究者肌の王子か。それは楽しみだ」
レオナードは興味を示し、ダリウスの言葉に満足げに頷いた。
そんな話をしていると、カタリナがふと何かを思い出したように声を上げる。
「それはそうと。さっき聞いたのだけれど、エマって子、伯爵家の養子になるそうよ」
その場の空気が、少しだけ変わった。
「……知らなかったわ」
なぜ今の時期なのだろう?
「エマって、あの手紙に書いていた……」
ダリウスが渋い顔で言った。手紙?
「もう、カタリナったら、手紙に書いたの? 万が一にでもダリウスの手に届かなかったら、あなたが大変なことになるのに……」
カタリナは、ばつが悪そうに肩をすくめながら、ダリウスを睨む。
「だ、大丈夫よ、名前は伏せて書いたもの。……それでね、噂だけど、その養子の話にモンルージュ公爵夫人が仲介に入るとか。あの人たちのクラスでは『伯爵令嬢となったら身分の差がなくなる。いよいよセオドアと結ばれるのか』と、盛り上がっているそうよ。リディア、何か聞いている?」
ゆっくり首を振る。
「ねえ、リディア。……やっぱり、婚約破棄しましょうよ」
カタリナが真剣な顔で私を見つめる。
「ふふ、カタリナは、何としてでも、婚約を破棄させたいのね」
「そうよ! 笑い事じゃないんだから! 二人だってそう思うでしょう?」
カタリナが、レオナードとダリウスを見つめる。
ダリウスは静かに頷き、レオナードも腕を組みながら同じように頷いた。
「リディアの人生だが、私は、君に幸せになってほしいと願っている」
「俺もだ。勝手な者のために、リディアが、辛い思いをする必要はないんだ」
その真剣な言葉に、胸が締め付けられる。
「……ありがとう」
カタリナは、なおも厳しい表情を崩さない。
「嫌な予感しかしないわ。気をつけて、リディア。とにかく、同じ伯爵家だからと私に生意気な口を利くなんて、絶対許さないんだから」
それにしても……。
養子をモンルージュ公爵夫人が仲介? あり得ない話だと思うけど。公爵家がエマをどこかの養子にさせることで、何か得をするかしら……?
モンルージュ公爵夫人は、私にとって義母になる人。
表向きは優雅で穏やかな女性だが、接してきた中で、その思考の深さは痛いほど理解している。何かを考えて動いているはずだ。
……セオドアが関係している?
不安と疑問を抱えたまま、静かに息を吐いた。
その違和感の正体がはっきりしないまま、学院の鐘が昼休みの終わりを告げた。




