14.テスト結果
張り出されたテストの結果を見た瞬間、レオナードの表情が晴れやかに輝いた。
「よし! 久しぶりにリディアに勝った!」
その喜びようは、まるで神に祈りが通じた瞬間を祝っているかのようだ。
そんな彼の姿に、私もつられて笑みがこぼれた。
「……レオナード、リディアは最近いろいろ大変だったのよ」
カタリナが、私を庇うように言った。その視線は優しさに満ちている。
「おいおい、俺だっていろいろ大変だったんだぞ!」
レオナードは腕を組み、少し誇らしげに胸を張る。
「試験勉強中だってのに、馬鹿力の兄貴に剣の練習付き合わされて。常に筋肉痛と戦いながら勉強したんだからな!」
そう言いながら、彼はわざとらしく腕を回してみせる。
「筋肉痛くらいで何よ」
カタリナが冷ややかな声を返す。
「最近のリディアの様子を見て、察しなさいってことですわ」
だが、レオナードはまったく動じる気配を見せない。
「勝負は勝負だろ? な? リディア」
真っ直ぐな視線を向けられ、私は軽く微笑みを返した。
レオナードが私の苦境を察していないわけではない。むしろ彼なりに気を使っているのだろう。それでも、いつも通り接してくれる。手を抜かない。それが彼なりの優しさだと、私は知っている。
「ええ、もちろん。言い訳なんて、淑女として恥ずべきことだわ」
「リディアがそう言うなら……それで、今回の賭けの報酬は何なの?」
カタリナが興味深そうに小首をかしげる。その目はどこか楽しげだ。
「おお、俺が勝ったからな!」
レオナードは胸を張り、得意げに声を上げた。
「リディアは俺の家に来て、ハンスのスイーツでアフタヌーンティーだ!」
「え?」
思わず驚いた声を上げたのはカタリナだった。
「ちょっと待って。リディアが負けたのよね?」
彼女がさらに追及すると、レオナードは堂々と頷く。
「ああ、そうだぞ。屈辱だろう? 貧乏子爵家の家に侯爵家の令嬢がわざわざ来なきゃならないんだ」
その言葉にカタリナは一瞬口元を押さえ、笑いを堪えているようだった。
私も肩を震わせながら軽く微笑む。
「ふふ、レオナードとの賭けって、いつもこんな感じなの。負担になるものなど何もないわ」
「そうなのね」
カタリナが納得したように頷く。
「賭けなんてと思っていたけど、そういうことだったの」
レオナードは調子よく話を続ける。
「リディアが、いつもハンスの菓子をうまそうに食べて、とにかく褒めるだろ? それを聞いたハンスが『リディア様をぜひ邸にお呼びください』ってうるさくてな。うちは兄弟が男ばっかだから、腕が鳴るんだろうよ」
「なるほどね」
カタリナが目を細める。
「でも、賭けに負けたからしかたなくっていう理由がなきゃ、リディアには婚約者がいるし、何かと気まずいだろ? だからこうして理由を作るわけだ。俺を助けると思って、頼む!」
レオナードはそう言いながら私に向けて拝むような仕草をする。
「あなた、勝った側の人間ですわよね。それなのに、なぜ拝み倒しているの?」
カタリナは呆れたように目を細めるが、その口元には笑みが浮かんでいた。
ふふ、可笑しいわ
「カタリナも来るか?」
レオナードが軽い調子で誘う。その問いかけに、カタリナはわずかに眉を上げたが、首を振った。
「いいえ、遠慮しておくわ」
「ああ、なるほど」
レオナードは何かを悟ったように頷く。
「ダニエルが帰ってくるから、だろ? ダイエットしているんだな」
「なんですって!」
カタリナは顔を真っ赤にして怒りの声を上げる。
「淑女に体重の話をするなんて、無神経ですわ!」
その怒りの中にも照れ隠しのような響きがある。レオナードは悪びれもせず、にやりと笑った。
「ハンスの新作カスタードパイがあるぞ。本当にいいのか?」
「カスタードパイ……」
カタリナの目が一瞬輝いたが、すぐに表情を整え、視線を逸らした。
「……いいえ、二人で楽しんでちょうだい」
その言葉に私は小さく笑みを浮かべた。
カタリナ、残念そうだわ。でも、ダニエルに一番いい状態で会いたいのよね。ふふ。
レオナードは肩をすくめながら、私を振り返った。
「そうか、よし、リディア。カタリナの分まで食えよ。賭けに負けたんだからな」
私は少しだけ笑いをこらえながら頷いた。
最近、食欲がなかった。
レオナードは、きっとそれをわかっているのだろう。でも、ハンスのスイーツを想像するだけで、少し食欲が戻った気がするわ。
ふふ、単純ね、私のお腹も。




