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【完結】恋は、終わったのです  作者: 楽歩


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13.理解が追いつかない

 sideリディア




「リディア、話がある」



 セオドアが不機嫌そうな顔で私を呼び止めた。


 風が吹く中庭に立ち、彼はいつもより険しい表情をしている。




「前のお茶会ではっきりさせろと言ったので、はっきり言おう」



 その言葉に、私は少し息を詰める。冷たい空気が肺にしみた。



「私は、エマのことが好きだ」


「そう……」



 抑えた声で答える。そんなこと、知っている。はっきりさせてほしいのは、そのことについてではない。




「だが、リディアの言った通り、現実として向き合わなければならないものが、たくさんあるのは事実だ」




 その通りよ。それをどうするか聞きたい。私は、彼の言葉をじっと聞きながら、目を向けた。




「私は、それを解決するためにしばらく忙しくなる。だから、卒業までの約半年、リディアとは関わらないことにする」




 一瞬、耳を疑った。



 理解が追いつかない。



 何を言われているの?  婚約者である私と半年も関わらない?




「っ! 向き合わなくてはいけないのは、私たちの未来についてもです」



 私は言葉を絞り出した。声が震えるのを抑えながら。





「分かっている」


 彼の返答は冷たかった。




「本当に分かっているの? 一体どうするつもりなのです!!」




 問い詰めるような声が出てしまう。これだけ心を乱されたのに、黙っていられるわけがない。




「うるさい!」





 次の瞬間――。


 パシンッ。


 鋭い音が響く。頬がじんじんと痛む。まさか――叩かれた?




「私は、未来についてしっかり考えるつもりだ。リディアが、エマと話し合えって言ったのだろう!」




 話し合えって……だめだ、話が全く通じていない――



 彼の自分勝手な言葉が心に突き刺さる。


 ショックと痛みで、視界がぐらりと揺れる。気を失いそうだったその時――。




「リディア!」



 カタリナの暖かい手が、私の体を後ろから支えた。思わず涙がにじむ。




「モンクレア伯爵令息! あなた、こんな人通りの多い場所で、何をやっているの!」



 カタリナの声が鋭く響いた。彼女はセオドアの正面に立ち、冷ややかな視線を向けている。その瞳の中に怒りの炎が宿っているかのようだった。周囲にいた人々は、突然の彼女の声に驚き、足を止めて振り返る。その場には緊張感が走り、ざわつきが広がっていく。


 セオドアは、カタリナの言葉にたじろぎ、一歩後ずさる。その表情は引きつっていた。




「か、関係ないだろう」



 セオドアは、反論するが、周囲の目が気になるようだ。




「貴族の令息が、令嬢の頬を叩いた。大問題よ!」


 カタリナの言葉がさらに厳しく響く。




「自分の婚約者だぞ。問題になるわけが……」



 セオドアは声を絞り出し、苦し紛れに言い返した。



「婚約者であるならば、なおさらよ!」



 彼女の髪が、怒りに合わせて揺れる。強い意志を宿した瞳はセオドアを捉えて離さない。




 後ろから、急いでかけてくる足音が聞こえた。




「あー、くそ! 間に合わなかった……リディア、大丈夫か?」



 低く、しかし力強い声が私を労わる。レオナードだった。



 彼はいつもの飄々とした態度をかなぐり捨て、鋭い目つきでセオドアを睨みつける。普段の軽口からは想像もつかない、真剣な表情だった。




「……何があったのか、ここに居る者の証言もきちんと取る。いいですね、モンクレア伯爵令息」


 レオナードの一言が重くのしかかったのか、セオドアの顔から血の気が引いていく。彼の唇はかすかに震え、動揺を隠すこともできなかった。



 周囲の人々は、小声で囁き合う。




「なんだ……脅しているのか?  私は未来の公爵だぞ。身分をわきまえろ!」



「今はまだ、伯爵令息じゃない! 同じ伯爵でも私の方が格上よ。それにリディアは侯爵令嬢よ。大変なことになる覚悟を持ちなさい!」




 カタリナの鋭い声に、セオドアは何も言えなくなった。だが、その目には悔しさと怒りが滲んでいた。




「お前たちが、その様な口をきいたことは数年先も忘れない。私が公爵になってから同じことを言ってみるんだな!」




 彼はそう吐き捨てるように言うと、足早にその場を去っていった。







「ああ……、リディア。叩かれたのか?」



 レオナードの声が耳に届く。私の頬を見た彼の顔が、悲しげだ。




「こんなに腫れて……今すぐ医療室に行きましょう」



 カタリナの手に引かれながらも、私は足元がふらつくのを感じた。


 顔が熱く、じんじんと痛む。だが、それ以上に心が痛かった。


 医療室にたどり着くと、中には誰もいなかった。




「あら? 先生がいない……」



 カタリナは不機嫌そうに辺りを見回す。



「待ってて、呼んでくるから。そうだわ、ついでに先生方にこのことを言ってくるわ。流石に黙っていられない」



 彼女の鋭い言葉にハッとして、私は慌てて手を伸ばした。




「カタリナ、ありがとう。でも、そんなことしたら領地にいるお父様に報告が行くわ」



 私が止めると思っていなかったのか、彼女は眉をひそめた。




「……侯爵様も知った方がいいわ。ね、リディア。今度こそ、そうしましょう?」


「心配をかけたくないの……」



 私は首を振りながら、レオナードが持ってきた氷嚢を受け取り、頬に当てた。冷たさが痛みを少しだけ和らげるようだった。




「ほら、しっかり冷やしたら、帰るまでには腫れは引くわ」



 カタリナはしばらく考え込むような表情をしていたが、やがて悲しげに微笑んだ。



「……分かったわ。馬車の手配をしてくる」



 私は小さく頷いた。カタリナはそのまま部屋を出て行った。





「リディア……」



 後ろから聞こえた静かな声に振り向くと、レオナードが立っていた。




「今日のこともしっかり記録しておくからな。絶対に許しちゃだめだ……」



 氷嚢で頬を冷やしながら、私は彼の真剣な表情を見つめた。





「まあ、レオナード、あなた、まだあの記録を続けていたの?」



 軽い調子で問いかける。彼が、セオドアの言動を書いている記録のことを思い出したのだ。




「俺の計算では、記している証拠だけで莫大な慰謝料請求ができるぞ」



 彼は、悲しげに笑い、冗談とも本気とも取れる声で答えた。




「使わないって言っているのに」


 私は小さく笑って首を振る。





「もう、俺の趣味みたいなものだ。気にするな」



 彼は、肩をすくめた。その様子はいつも通りで、少しだけ気持ちが和んだ。




「時間の無駄よ、きっと」


「絶対使うぞ?  賭けるか?」



 彼が挑発するような口調で言ったので、私は氷嚢を頬に当てたまま顔を上げた。




「ふふ、いいわよ。そうね、いつになるかわからないから、負けた方が勝った方の、その時の願いを一つだけ叶えるというのはどうかしら?」



「よし、乗った」



 彼は、手を差し出してきた。私はその手を軽く握り返し、笑みを交わした。




 痛む頬を冷やしながら、同じく痛む心が、温かくなるのを感じた。



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