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【完結】恋は、終わったのです  作者: 楽歩


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11.こんなドレス

 sideリディア




 馬車はゆっくりと石畳の道を進んでいた。


 窓から見える街並みはどこか霞んで見えた。揺れる車内、静かにこぼれるため息。


 冷たい革張りの座席に身を預け、何度も心を押し殺した。





「お嬢様、カタリナ様がお部屋でお待ちです」



 家に戻ると侍女が伝えてくる。ドレスの裾を気にしながら足早に廊下を進み、暖かな灯りが漏れる扉を開ける。



 扉を開けると、カタリナが振り返った。



「リディア、お邪魔しているわ。お茶会の話を聞こうと思って……って、一体どうしたの?」



 心配そうな目がすぐに私を捉える。




 我慢していたのに、その優しい声を聞いた瞬間、堰が切れたように涙が溢れ出す。



 頬を伝う温かい雫は次から次へと流れ落ち、震える手で顔を覆う。




「とりあえず、座って!」



 カタリナは慌ててソファに導いた。




「よかったわ、迷ったけど訪れて。やっぱりあの二人が何かしたのね!」


「ふふ、見て。このドレス、どう思う?」



 カタリナは視線を私のドレスへと向け、ためらいがちに口を開く。




「お世辞にも似合っているとは言えないわ。リディアには、もっと大人っぽくて落ち着いた色やデザインが似合うのに……。セオドアのセンスって一体……」



 その言葉に深く頷いた。





「そうよね、そう思うわよね。実はね、このドレス……エマが全く同じものを着ていたの」



 一瞬、空気が張り詰める。




「全く同じ……? つまり、二人に同じドレスを贈ったということ?」


「そうみたい」



 怒りと悲しみが自分の声に混ざり合っている。



「っ! ……分かったわ。とりあえずそのドレスを脱ぎましょう。話はそれからよ」



 侍女を呼び、ドレスを脱ぐ準備をする。その間、部屋の空気は静まり返り、時計の針の音だけが微かに聞こえた。



 やがて、メイドが用意した紅茶の香りがほのかに漂い、ほんの少しだけ張り詰めた空気が和らいだ。



 カタリナは深く息を吐き出し、再び口を開く。





「……結局、エマが、セオドアを狙っていることが分かったのね」



 カタリナの声には怒りと諦めが混ざり合い、その目は鋭く光っていた。




「リディア、慰謝料よ……。レオナードの記録を元に婚約破棄の準備を進めるべきだわ。今すぐ侯爵様のところに行きましょう!」


 その言葉に、静かに首を横に振った。手に握りしめたハンカチをぎゅっと握りしめ、深く息を吸い込む。




「そんなに簡単にいかないことは、あなたもよく知っているでしょう?」


「そうだけど、これはあまりにもひどいわ!」



 カタリナは声を荒げた。目には怒りの色が浮かび、義憤が彼女を突き動かしているのが分かる。




「それにお父様は、午後から領地に行くと言っていたから、暫く留守よ」


「……侯爵様とあなたの仲はどうなの? もし関係が悪く、言いにくいのだったら……」


 カタリナが恐る恐るといった雰囲気で尋ねる。




「いいえ、関係がいいからこそ、言えないわ。セオドアが、どういう選択をするかは分からないけれど、そこまで愚かではないはずよ」




「……愚かだったらどうするの? でも……愛人も許せないわ!」



 カタリナの声は震え、どこか悲痛な響きを含んでいた。




 目を閉じ、一度息を整える。声に滲む冷静さの裏側には、押し殺した感情が渦巻いている。



「……お父様は、この結婚を楽しみにしているの。亡くなったお母様も。二人の期待を裏切ることはできない。それに、セオドアに関わる人たちが大変な目に遭うのも嫌なの」




 その言葉に、カタリナはじっと私を見つめた。そして一拍の沈黙の後、静かにため息をつく。




「それと、あなたが我慢するのも許すのも違うと思うわ」


「貴族として生まれたのですもの。……それもまた宿命よ」



 カタリナは眉を寄せ、少し身を乗り出すように言葉を投げかけた。




「そのセオドアが養子に入るモンルージュ公爵家から言ってもらうというのは? さすがに外聞が悪すぎるもの。何とかしてくれるのではなくて」


「きっとしてくれるわ。でも、他の人に言われたところで、人の心を思い通りになんてできないわ。無理に引き離したとしても思いは残る。それに、隠れて知らないところで子供ができていたら、逆に大変なことになるもの」




 カタリナは目を伏せながら黙ってしまった。言葉が途切れ、二人の間に短い沈黙が落ちた。



 私は、そっと視線を上げ、続けた。




「卒業までまだ、時間があるわ。恋い焦がれるような仲でなくても、公爵家と互いの家の繁栄、そして家族を守るためのパートナーとして関係を作っていきたいと思っているの」




 カタリナの顔に困惑の表情が浮かぶ。




「こんなドレスを贈る人と?」


「そう……こんなドレスを贈る人と」




 声が少し震えた。



 その瞬間、また、瞳から涙がぽつりと溢れた。頬を伝うその雫は、抑えきれない感情の奔流だった。



「カタリナ……。私にだって恋は分かる。恋を選ばなかっただけ。ずっと笑い合いたい。ほんの少しでも会いたい。手に入れられるなら、見つめ合うことができるなら、悪魔にでさえ祈りたい」


「リディア……」


 カタリナが、辛そうな顔をする。



「諦める辛さも分かるの。だから……もし、セオドアが恋を選びたいのなら……強く否定することなどできないわ」



 カタリナは私の手をそっと握り、優しく問いかける。




「……私しかいないわ。本音を言ってちょうだい」



 本音……。




「……エマと運命の恋をした。私とは、公爵家と互いの家の繁栄、互いの家族を守るためのパートナーとしても一緒にいられない。婚約を解消してくれ……そう言ってくれないかしら? もうこれ以上歩み寄れないのなら、恋を諦め、願いから目を逸らし、それでも、セオドアとの未来を真剣に考えている私を解放してほしい」



「リディア……」




 カタリナの目にも涙が浮かぶ。



 すすり泣きだけが聞こえる長い時間の後、私は、カタリナに向かって微笑みを浮かべた。




「さあ、泣いたらすっきりしたわ。このドレスをずたずたに切り裂いてすっきりしたいの。手伝ってくれる?」




 カタリナは涙をぬぐい微笑み返し、小さく頷いた。




「もちろんよ。その後は燃やしてしまうのがいいわね」




 目の赤いまま二人で笑い合った。


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― 新着の感想 ―
何か貴族だから我慢するとか、おかしなこと言ってますね。侯爵令嬢が伯爵子息に侮蔑されたら、家の面子にかけて落とし前つけるべきでしょう。 単に、親に言いたくないのをもっともらしい理由をつけているだけのよう…
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