第7話 怪しい儀式、それから
足元がほんのりと光り始めた。床全体に描かれていた模様が光を発し、魔法陣として具現している。
「さあ、お願いします」
手紙に書かれている文字は、侑惺の目からみると明らかに日本語で、簡単に読めるものだ。
「もし、読まなかったら……?」
「申し訳ないですが、その選択肢を与えたくはありませんね」
兵士の鎧が、ガチャリと音をたてる。
「じゃあせめて、この輪の中から出してください。なんだか、怖いので」
「それも儀式の間はできかねます」
「それじゃ、お願いじゃなくて強制じゃないですか」
「世界の存亡がかかっているのです。強制したくなるこちらの心持ちを、ご理解いただきたいところです」
侑惺は、渋々と手紙に書かれた日本語を読み上げた。なぜコレが、召喚呪文なんだろうと思いながら。
──せっかく噛まずに言えたのに、特に何も起こらない。セガルは首を傾げている。
「帽子が原因じゃないかな。ユウセイが発した言葉は、帽子によって翻訳されてしまってる」
リュートに言われ、なるほど、と、侑惺は帽子を取った。
「寿限無寿限無
五劫のすり切れ
海砂利水魚の水行末
雲来末 風来末
食う寝るところに住むところ
やぶら小路のぶら小路
パイポパイポ
パイポのシューリンガン
シューリンガンのグーリンダイ
グーリンダイのポンポコピーの
ポンポコナーの長久命の長助」
言い終わるやいなや、足元の魔法陣はさらに強く光り輝いた。
途端に、侑惺は身体全体から一気に力が抜ける感覚がして、その場に倒れ込んだ。
「申し訳ありません、伝え忘れていたことがありました。
勇者様の召喚には、生贄が必要なのでした」
丁寧で申し訳なさそうな言葉とは裏腹に、セガルは嬉しげに、興奮した笑みを浮かべている。
「世界のために、どうか尊い犠牲となってください」
侑惺は、だんだんと意識が遠のいていくのを感じた。自分の選択を後悔した。ずっと怪しさはあったのだから、言う通りにするべきではなかった。
「──言う通りに……しなかったら?」
侑惺はつぶやいた。
「俺はまだ、“日本語”をしゃべってる。
今、しゃべってるこれが、呪文の一部と認識されれば……“間違った呪文”を唱えたことになって、儀式は無効になってくれたり……しない、かな」
今にも眠り落ちそうな中、彼は声を絞り出した。
この目論見は賭けでしかなかったけれど、幸運にも効果があった。動かなかった身体が、軽くなる。
身体の自由を得ると同時に、リュートは龍に姿を変え、趾で侑惺を掴んだ。魔法陣から跳び出して教会の屋根を打ち破ると、空高く昇る。
「ごめんなさい」
龍の背に乗せられた侑惺が言った。
「どうして? 初仕事としては上出来だと思うけど」
「ひょっとして……いつでも脱出できたとか?」
「さあ? どうだろうね。
ユウセイにとっては良い経験になったんじゃない?」
「うぅーん……ひたすらに怖かっただけなんですけど……。
それに、結局あの人たちは伝説の勇者を召喚できなかったわけで。俺のせいでこの世界が本当に滅びてしまったらと思うと……」
「自分一人の犠牲で世界が救われるかもしれないからって、身を投げ出すつもり? そんなの、生きてこれからも配達人をやっているほうがよっぽど多くの世界を救うことになるよ。
大きな犠牲をはらう選択は、最善とは思えないね。私なら、生きて幸せを運ぶことを選ぶよ」
「そっ……か」
「それに、あの儀式だって今回は失敗だったけど、取り返しがつかないわけでもないだろう。ユウセイが呪文となる言語の、正しい発音を教えたんだ。あの中の一人くらいはきっと覚えてるさ。あとは、生贄をどうするかだね」
「あの一回で”寿限無”を覚えてる人なんているかなぁ」
リュートのおかげで帰り道も難なく進み、侑惺たちは一度、中央郵便局へと戻った。
侑惺の前途多難な郵便局員生活は始まったばかり。様々に様相の違う異世界で、いくつかの仕事をこなしてみたり、元の世界に戻ってみたりもするけれど、その話は、またいつか。




