チャプター2 体調の異変
中学1年生になったころから、弓子は徐々に元気を失い始めた。
小学生までは、そこらの男子より活発で運動能力も高かったのに。
「よく男勝りな私と、見た目が女の子の雪村くんが、セットで話題にされていたな。」 などと、昔のことを懐かしく思うようになっていた。
でも、そんな雪村くんも、卒業するころには、結構男っぽくなってたっけ。
そういう意味では、私もただの女の子になって来ちゃったのかな…。
なんだか寂しい気分になる弓子であった。
二学期にになると、いよいよ本当に体調が悪くなり、時々学校を欠席するようになった。以前の弓子には考えられない事態である。
三学期に、病院で精密検査を受けた結果、急性白血病という診断だった。
ショッキングな宣告だった。
二年生になってからは、検査や入院が続き、ほとんど通学できなくなっていった。
「こんなことなら、あの時ちゃんと好きだと言っておけば良かった。」
弓子は今さらながら、小学四年生の時のことを思い出す。
「私のナイトさん」なんて遠回しに好意を伝えたって、鈍感な雪村くんは気づかないものね。
「でも、雪村くんだって私のこと、好きだったはずなんだけどな。」
「やっぱり告白は、男子から言って欲しいものよね。」
などとガラにも無く、乙女チックな気持ちが出てきてしまう。
「私ってば、すっかり弱気になっているわ。」
病院のベッドで独り言を言っていると、病室のドアがノックされた。
「はい。どうぞ。」
弓子が答えると、ドアを開けて入って来たのは、お下げ髪のセーラー服を着た少女だった。
ウチの学校の制服じゃないな。でもなんだか見覚えがあるような…。弓子が考えていると、その少女が話し始めた。
「お久しぶり。調子はどうかしら?」
「えっと…どちら様でしたっけ?」
「やだなあ。もう忘れちゃったの?アッ、そう言えば、あの時は名乗ってなかったものね。」
「?」
「ヒントは、小学校四年生の時、朝の運動場。木の上で…。」
「あっ、ああ!紫の下着の!」と私が叫ぶと。
「思い出せたようでなにより。」と彼女は苦笑した。
「でも、なんで?ここに?誰から病室を訊いたの?」
「まあまあ、とりあえずここにお花を入れておくわね。」
そういうと少女は、持参した白いバラの花束を傍らの花瓶にさした。
「…さて、手短に用件だけ話すわね。」
振り返った彼女は話を続ける。
「アナタの病気は、もちろん簡単なモノじゃないけど、現代医学で完治できないものではないのよ。」
「…そう…なんですね?」
「だからそんなに悩まないで、お医者さんの言うことをよく聞いて、しっかり養生しなさい。」
「…ありがとう。私を勇気づけてくださるのね。」
「あらあら、拍子抜けするくらい素直ね。」
「でも安心して。その治療は、高校受験には何とか間に合うから。」
「そんなことまで、どうしてわかるんですか?」
「なぜって、私には未来が見えるのよ。」
「ちなみに、アナタは人のウソが見抜けるのでしょう?」
弓子はドキリとした。
この人はなぜそのことを知っているのだろうか。
私は誰にも話したことが無いのに…。
「だから、今、私が話したことがウソではないこともわかるはず。」
そうなのだ。この人はウソをついていない。
それどころか、この人はいつも本音で生きている。
私にはわかった。
「ああ、それから…。」
なんだろう?まだ何かあるのかな。
「私の弟がとても心配していた。チカラになりたがっていた。コレだけは伝えておくからね。」
満足そうに笑うと、彼女はドアから出て行った。
ベッドの中からそれを見送る弓子は、なぜか心が晴れやかになるのを感じた。
不思議な人。
今度会ったら必ず名前を訊かなくっちゃ。
弓子は、そう思うのだった。
コレが1978年6月某日のことである。




