古き神の夕餉
深山に迷い込み、禁足地と知らず、石を持ち帰ってしまう。
石は、呪、と刻まれていた。
山深い、人の立ち入らない森の奥に
古い、崩れかけた石垣がある
土地の、故事にも記されていない
道に迷い、偶然に見つけたのだ
かなりの年月を経ている
もう、来ることもあるまいと
こぶし大の石をリュックに入れた
木々が静まり、沈黙が周囲を覆う
誰かに、見られているような気配
気の所為だろう、疲れている
一休みしてから、もう一度山を上がる
その日、散々な目に遭うも
夕方、一般道に戻れて家路につく
二三日してから
持ち帰った石を調べる
目を凝らすと、字が記されている
表側、以外の全てに
呪
と、無数に彫り込まれている
思わず、石を床に落とす
ゴトッ
と大きな音、石は割れる
暗然と、二つに割れた石を手に取る
中央に
黄金の塊がある
絶句する
翌日、古物商に見せる
戦国時代、甲斐国に造られた
甲州金とのこと
駒一両金、一枚三百万円ほどの値がつく
改めて、郷土史を調べる
やはり、歴史には存在していない
伝承では、昔は禁足地であったらしい
場所は、、何とかなりそうだ
石垣から、真っ直ぐに上がった山を思い返す
✳
週末、一人で山に向かう
迷う、しかし夕方には辿り着く
日は暮れてしまった、ここで一泊していこう
慣れた動作でテントを張り、火を炊く
焚き火の横には、積み上げた石
呪、と細かく刻まれている、
さっそく石を割っていく
深山に、石を割る音が響き渡る
瞬く間に、両手いっぱいの駒一両金
ひひひひ、と声をあげる
なにを、しとるんじゃ
森の暗闇から、声がする
男は腰を抜かし、黄金は地面に散らばる
慌てて、拾い集め袋に隠す
だ、誰ですか
なにを、しとるんじゃ
い、遺跡の調査です。
研究機関の者です
あ、あなたは?
石は、まだあるのかへ
ああ、石
調査の為、全て割りましたよ
呪い、って書いてあったかえ
ええ、それでも全て割りましたよ
沈黙
そっちへ、いってもいいかえ
どうぞ
と言いつつ、念の為に割った石をつかむ
古風な、古墳時代のような
とても古風な姿をした男が、
下を向いたまま姿を現す
焚き火に、手をかざす
沈黙
割れた石を見つつ男はいう
呪い石はな、神を封じていたんじゃ
え、神
そうじゃ、数百年、封じられてな
もとはな
この国の、古き神々の一人じゃったんじゃ
ある日な、邪神とされてな
堕されてからはな
腹いせに喰らいまくったんじゃ、人をな
沈黙
神じゃから、封印は呪いでな
愚か者をな、呼び寄せるよう
金に取り憑いたんじゃ
そいでな
お腹が空いて、空いてな
気づく
男の顔、全て口しかなく
大きく開かれ、肉食獣を思わせる牙が並ぶ
深山に、悲鳴が響き渡る
古き神の封印は解かれた
数百年ぶりの、夕餉が始まったのだ