豪雨
――それから数か月
「久しぶりに大雨ね…というか強すぎない?」
これぞゲリラ豪雨とでもいうべきな雨がアーケードの屋根に降りかかっている。さらにガタガタと鳴り響いており風も強い。
「また傘を忘れちゃったけど、問題なし!」
だってあそこに行けば素敵な傘が手に入るもの!
これまでに間に幾本も傘を借りているが、あの店主の男に何か言われたことはない。ならばまだ持っていても何も問題もないだろうという考えで、お気に入りの傘を集めている。
何本かは日傘にも使える仕様で、それを差しているときに綺麗な傘と言われた時は優越感に浸れたものだ。
「前に雨の日に駅まで差して行ったけど、あの店主は自分の傘だと気が付いてないっぽいし」
目が見えないのだから気が付くわけもないか…それに他で儲けてるって聞いたから私が傘を貰ったとしてもはした金なんだし気にしないわよね!
ただ今日は豪雨で風も強いし、傘じゃ太刀打ちできないかなーと思いながら辿り着いたのは何時もの和傘がマークになっている傘貸し屋の前。しかし――
「あれ、傘がない!?」
何時も所狭しと並んでいた傘が1本もない…一体どうしたというのか。
「おや、お客さんが来られていましたか」
店の横についた扉から現れたのはいつもの男。
「店主さん、傘はないの?」
「それが、この豪雨によって借りる方が続出しましてね…最近やけに傘も減ってしまいまして」
「そ、そうなのね」
流石に数が足りないことには気づいていたわよね…でも晴れの時に店の前の傘籠を確認したけど2本とかしか入っていなかったし、返していないのは私だけじゃないはずよ。
ただこの最中何も防護できずに帰らなければならないのは厄介ね…コンビニに戻ってカッパを買うか?いや、あの店のことだから入荷していないだろう。こうなったら
「本当に傘はないの!?ちょっと変わってるのでもいいから!」
あのお気に入りたちに混じるのは癪だが、それは離しておけばいいし今回のだけは返してしまえばいいのだ。
「変わっているですか…少々お待ちを」
その言葉通りに少し待つと、男が1本の白い和傘を持ち戻ってきた。
「本当に変わったのが来たわね」
「それ故に、店頭にはお出ししていないのですよ…一度開きますね」
傘の頭を下げゆっくり左右に回し始めたかと思うと、中ほどまで開いた所でロクロを押してパッと綺麗に開かせた。
「あら、良い傘じゃない!」
白一辺倒かと思ったが、墨のようなもので木が描かれていた…花も描かれてるが、梅だろうか?何故か色がついていないが、このままでも十分綺麗だ。
「では、こちらをお貸しいたしましょう…閉じ方は分かりますかな?」
「大丈夫よ!」
早くこの傘を差して帰りたいから家で動画でも見て覚えるわ!
「そうですか。では、こちらに記帳をお願いいたします」
「ええ…よし、書けたわよ!それじゃまた今度!」
そう言って和傘を差して立ち去る女。
「……次はございませんな」
男が持つノートからは、その女の名前がスゥッと消えていった。
豪雨で風が強いというのに、和傘は不思議なほどの耐久を見せ無事家に辿り着くことが出来た。
「ほとんど濡れずに帰ってこれたわ!壊れることもなかったし柄も気に入ったからあなたも私の家の子よ!」
そうと決まれば濡れないように家の中で動画で閉じ方を確認しなくちゃと、上機嫌で玄関を開けライトのスイッチを付け家に入る。
――ピチャ
「え?」
玄関が濡れている…しかも自分の顔が反射するほど水浸しだ。
「ちょっと雨漏りしてんじゃないの!…違いそうね」
天井は特に染み等の痕跡はない。むしろこれは、ウォークインクローゼットから流れ出てきてる?
「一体どういうこと!?」
慌てて靴も脱がずに向かい、ドアを開ける。そこには今まで買ってきた服や靴、それに傘貸しで貰ってきた幾つもの傘――その傘達からピチョン、ピチョンと断続的に水が溢れてきている。
「な、何で水が出てきてるのよ!おかしいじゃない!」
きちんと乾いているのを確認してからしまったはず…そもそもすべての傘から水が漏れてきているのなんて異常だ。
「と、取り敢えずこの傘達を外に出しちゃおう…床がダメになる前に早く!」
片っ端から傘を手に持ち、持てなかった分は抱えて運ぶ。折角濡れずに帰ってこれたのにびしょびしょだ…あの男にこの傘達について文句を言ってやらないと!
ドサッ!
「これで良し…酷い目にあったわ。あれ?ここに立てかけてあった和傘は?」
周囲を見渡してみるが何処にもない。あの男から受け取った傘なのだからこの傘達と同じで何かあるかもと思った女は、不気味に感じ急いで家の中に入りドアを閉める。
「もう何なのよ――っひ」
水浸しの玄関からは、波紋に揺れる1本の和傘が見えた。
「はてさて、どうなりましたかね」
傘貸しの男は、深夜の誰もいない通りにて誰かを待っているようだ。
バシャン…バシャ…ビョイン
「おや、お早いお戻りで」
そこには先ほどあの女に貸した和傘が…中ほどまでに開いており――梅の花は綺麗な赤色をしている。
ガサガサ…
「ほう、傘の扱いがなっておらず雑だった為に安定するのが大変だったと。そしてこの帰りの速さからして、陰気は左程吸えませんでしたか…傘を売りさばく者であれば良かったのですがねぇ」
男は腕を組み残念がる。腕を組んだ手のひらからは大きな目が1つ見え、不満げな形をしていた。
”豪雨じゃねぇかー!?天気予報のバカヤロー!”
「うん?これはこれは…またいいお客が来られたようだ」
不満げな形をしていた目がニンマリと変化すると共に閉じられる。
そして腕をサッと振ると、先程までなかった傘がズラリと並ぶ…知らぬ間にあの和傘は、パタリと店舗とドアを開き奥に引っ込んでいった。
暫くすると、草臥れたスーツを着た男が肩を怒らせながらやってきた。
「ったく、折り畳み傘とかもってねぇしよ。どうすっかな」
「そこの方」
「あん?」
――傘は如何かね?
これにて終幕。