俺が本気で生きた理由
その時、俺の体中を電流が駆け回った! 頭はもうろうとし、ただ、テレビの中の歌うアイドルの姿と声だけが体を包み込む。 テレビの中では、凪人のプランで完成した教会で、アイドルが歌っていた。
アイドルに本気で恋した凪人の恋の行方は?
俺が本気で生きた理由
俺の名前は橘 凪人。いわいるキラキラネーム世代に生まれたため、まわりには結構こういう名前のやつがいた。
が!父さん、母さんなんて名前を付けてくれたんだ・・・
改名も考えた。
でも、まぁ親が一生懸命考えた名前だ。
仕方ないと諦めた。
そして、俺の住んでるこのワンルームマンションの一室で、テレビを見ながらくつろぐこいつは、真田 幸村。俺と共に一度は改名を考えたらしいこいつは、小学校からの親友だ。
俺は、設計事務所に社畜される設計士。いや、今日から設計士だ。
毎日、毎日、エグい量の仕事をこなしてきた5年間。俺は寝る間を惜しんで勉強もがんばり、ようやく1級建築士試験に合格し、今日はそのお祝いで、幸村と宅飲み中だ。
幸村は、できるヤツだ。
税理士の資格を早々と取り、独立。
今では、数人の社員をかかえる社長になっている。
社畜人生を送ってきた俺とは釣り合わないくらいすごいやつ。
でも、お互い、田舎から東京に出てきて、何かあれば連絡をとる親友だ。
「なぁ〜ナイト。お前、独立してみたら?仕事はかなりこなしてきたんだし、資格も取ったんだから、自分の力試してみろよ。」
「ゆきさぁ〜。誰でもお前みたいにできると思うなよ!」
「だから試してみたら?っていったの。」
「俺みたいなんは、社畜がお似合いなんだよ。最近確かに社内コンペとかもちょいちょい通る様になってきたけどさ、独立なんてできる気がしね〜よ。」
「多分、だけどさ。社内コンペ通って、お前の考えた建物が何件か建ってんだろ?才能ない奴の建物は建たね〜だろ。例えば、あの近所の教会。俺好きなんだよな〜。いつか結婚するならあの教会でって思ってるんだぜ!」
「そんなにか〜?確かにあの教会には愛着あるし、嫌な事あった時とか良く行くけどなぁ。」
「だろ!お前、多分、自分が思ってるよりすごいヤツなんだよ!独立したてで軌道に乗るまでは、俺が無料で税理士業務やってやるからさぁ。あっ、後々借りは返せよ。」
「心強いな。考えとくわ〜。」
試験に受かった日に良くありそうな会話を2人はしていた。
そんな時、テレビにその教会で歌うアイドルが映っていた。
「なぁ!ナイト!この教会!テレビ見て見ろよ!」
「えっ!?」
その時、俺の体中を電流が駆け回った!
頭はもうろうとし、ただ、テレビの中の歌うアイドルの姿と声だけが体を包み込む。
テレビの中では、凪人のプランで完成した教会で、アイドルが歌っていた。
「これあの教会じゃん!テレビに映ってるぞ!やっぱ独立のチャンスだよ!なぁ!なぁ!聞いてんのかナイト!」
「・・・なぁ。ゆき。俺、この子と結婚したい。この子知ってる?誰?」
凪人の視界に背景の教会は映っていない。ただ、楽しそうに歌うアイドルだけだ視界、脳を超えて心までを鷲掴みにしていた。
「はぁ?できるわけないだろ!ナンバーワンアイドルっていってもいいくらいのスーパーアイドル一乗寺誌音だぞ!」
「一乗寺 誌音・・・結婚したい・・・いや、結婚する・・・」
「結婚って、普通は推し活するとかそういう流れだろ?」
「嫌だ!結婚したい!」
「ダメだこいつ。」
一乗寺誌音が歌を歌い終え、少し話している間もナイトは釘付けで、幸村の話が全く聞こえない様子だ。
(こんなステキな教会で歌う事ができて、とても幸せです。工事された方や建築士さんに感謝です!)
「なぁ!なぁ!ゆき!感謝された!感謝されたぞ俺!」
「はいはい。歩いて行けるし、行ってみる?生放送らしいぞ!」
「いやっ!まだいい。こんな社畜人間じゃ釣り合わない!ゆき!俺、独立する!会社名は、NAGIDesignだ!ゆき、協力してくれ!」
「理由はどうあれ、本気なんだな?途中で投げ出すんじゃね〜ぞ!」
「大社長になって、テレビにでる!」
「動機が不純すぎだろ。まぁいいけど。
あ〜!ワクワクしてきた!」
この時ナイトは知らなかった。
教会に行っていれば、詩音との運命の歯車が廻りはじめていたかもしれなかった事を。
「詩音ちゃ〜ん。真剣な顔して何見てるんですか?」
詩音はスマホの画面を真剣に見つめている。
「あっ、この教会を選んだのってどなたですか?」
「この番組のプロデュース担当のこの私です!」
「じゃあ知ってますか?誰が設計されたんですか?」
「あぁ〜設計事務所は大きいんですが、社内コンペを通したのは無名の若者らしいですね。確か・・・ナイト!」
「ナイト?ステキな名前ね!笑」
「そんなにこの教会が気に入ったんですか?」
「はい。とてもステキで。こういう神秘的な建築物って音楽と似てる気がするんですよね。楽譜を書くように図面を書いて、その図面には書き手にしか分からなないイメージがあって、沢山の人が協力してそれをつくり上げていく。だから、こんなステキな教会を考えた人に会ってみたいなって。」
「うぅ〜ん。一般人ならともかく、詩音ちゃんはスーパーアイドルでしょ?そういうのは色々難しいんじゃないかな?」
「ですよね。私はみんなの一乗寺詩音ですよね。あ〜!明日も早いし、お先に失礼します。」
「お疲れ様。またお願いしますね!」
「こちらこそ。よろしくお願いします!」
詩音を乗せた車が、凪人の住むマンションの前を通りすぎていった。
この日から時は流れ、、、
「おはようございます。今日のご予定は・・・」
「おぃ!ゆき、そのしゃべりかたやめてっていてんだろ〜」
幸村は、部屋にいた社員2人を見た。
「ちょっと30分程席外してもらってもいいですか?」
「分かりました。では、後ほど打合せをお願いします。」
バタン。
「ゆき、なんで?打合せしようと思ってたのに。」
「あのな〜他の社員がいる前でこんなしゃべりかたしたら示しがつかないだろ!お前は社長。俺は秘書だろ?」
「いいじゃん。俺は上とか下とかない会社にしたいの!じゃないと俺の元飼い主と同じじゃん?社員とか部下とかじゃなくてさぁ、仲間になりたいの!」
凪人は必死に頑張てきた。
来る日も来る日も仕事に明け暮れ、5年で関東で10本の指に入る設計事務所の社長になっていた。
そして、凪人が、働き過ぎて過労で倒れたときに、幸村は凪人の共同経営者兼、秘書になり、凪人を支える決心をした。
そして今二人は一緒に働いている。
「でっ?ナイト。昨日の社長令嬢との会食はどうだったんだよ?」
「あ〜・・・水ぶっかけられて開始5分で終了致しました。」
「はぁ〜。取引先の社長のご令嬢だぞ。
仕事に支障でたらどおするんだよ。」
「面目ない。」
「どうせいつもみたいにすぐ一乗寺詩音の話ばっかしたんだろ?」
「そうだな。会食する前に、聞いておきたいって、お付き合いしてる方とか、思い人とかいらっしゃいますか?って聞かれてさ、一乗寺詩音が本気で好きで結婚したいっていったらさ、私がタイプじゃないならもっとマシな嘘つきなさいよ!って水ぶっかけかられた。」
「はぁ。お前もうちょっとレディーの気持ち考えた方がいいよ。」
ブーブー。
「げっ、噂をすればご令嬢のお父様からだ。。。」
「ちゃんと謝れよ。」
(社長、大変申し訳ありません!お嬢さんにご不快な思いをさせてしまい。)
(がぁははははは!やっぱりダメだったか!娘からは何も聞いとらんよ!仕事とは関係ないから安心してくれ。君が一乗寺詩音を思ってるのはこの界隈では有名な話だからな!ダメ元だったんだよ!君の様な優秀で一途な男に娘をもらってもらえたらと思ったんだよ!)
(はっ、はぁ。申し訳ありません。)
(仕方ない!娘をもてあそんでたら許さんかったがね!)
(そんな滅相もございません。)
(でだ、例の件の打合せをまた頼めるかね?)
(もちろんです。予定は秘書の真田が管理してくれておりますので、このまま電話を代わりますね。)
(あぁ!頼むよ!)
こんな感じで凪人は一乗寺詩音以外には全くなびかないで、ずっと本気で結婚する気でいた。
そんなある日。
コンコンコン。
「おぃ!ナイト!テレビつけろ!」
「なに?今いいとこなんだよ!ここのイメージがやっと湧いてきてさぁ!ゆき見てくれよ!ここをさぁ・・詩音?引退会見?!」
「いきなりらしいぞ!オレも社員が騒いでるから何かと思ったら。」
「どうするんだよ!ゆき!俺まだテレビ出て無いし、出会ってもないんだぞ!アイドルやめたら絶対会えなくなるじゃん!」
「だからテレビつけたんだよ!」
「あっ、出てきた。」
(一乗寺詩音です。私は、皆様に長い間支えて頂き、とても感謝して・・・)
「マジで辞めるみたいだな。まさか結婚するとか?」
(アイドルは卒業しますが、これからも、歌やお芝居、バラエティーなどのへ出演させて頂ければありがたいです。)
(何故引退を?)
(私は、ずっとみんなの一乗寺詩音として生きて来ましたが、ずっと片思いしている方がおります。これからは、自分の好きを優先したいです。裏切る様な行為で申し訳ありません。)
(そうですが。僕もファンでしたので、残念ですが。その恋を応援しますよ!差支え無ければ、どんな方か教えて頂けますか?)
(一般の方なので。でもまだ会ったこともなくて、運命があるならいつか私のナイト様は迎えに来てくれるって信じてます。)
(えっ?王子様じゃなくてナイト様なんですね?)
(あはは〜表現が変わってるって良く言われま〜す)
この会見により、色々な意見が世間を飛び交った。
曖昧な恋発言、会ったこともない相手に恋するか?ほんとは疲れて辞めたくなっただけ?とか、とにかく、ずっとスキャンダルもなくがんばってきた一乗寺詩音の恋を応援する者もいれば叩く者もいた。
「なぁゆき、どういう事?」
「分からないよ。まぁとりあえず芸能界にはまだいるみたいだし、チャンスあるんじゃねぇ。引き続きがんばれよ!ここでお前が諦めたら、会社ヤバイしな!」
「そうだよな!まだ諦めるには早いな!」
「てかさ、お前もう社員を抱えるCEOなんだからさ、その辺自覚持てよ。頼むぜ〜。」
幸村の電話がなる。ブーブー。
「すまん、ちょっと電話する。」
「・・・はい・・・はい。本当ですか?・・・では後ほど。よろしくお願い致します。」
来客用ソファーで電話していた幸村が、電話をきると同時に、ニコニコして凪人に近づいてくる。
「ナイト!喜べ!ようやくテレビのオファーが来たぞ!」
「マジ?やった〜!で詩音も出る?」
「まだ分からない。なんか建築物を紹介する番組みたいで、あの教会も出るみたいでさ、設計士のナイトも出て欲しいらしいんだよ。どれくらいの出演時間か分からないけどな。スタジオ行ったりとかじゃなくてカメラ取材とかかもしれないけど、まずは一歩だよ!ナイトお前やっぱすごいよ!来週打合せだってよ!」
「了解!忙しくなりそうだな。今プランしてるの完成させないとな!」
「あぁ!頼むぜ社長!じゃあちょっと俺は出るから。」
「うん。いってらっしゃい!」
凪人は、初めて出たテレビ番組で、一躍有名になった。
短期間で大企業の社長となった事、人当たりの良さ、なかなかのイケメン。
そして何より、話すのが上手かった。
言葉巧みにプランをプレゼンする様に、テレビに出ても視聴者の心を揺さぶった。
色々なテレビ番組に次々に出演したが、なかなか一乗寺誌音との共演は叶わなかった。
凪人がテレビに出だして丁度1年程たった時、ついにその時が訪れた。
「ナイト〜!きたぞ!ついに!」
「まさか?誌音と共演?!」
「そのまさかだ!・・・ただ・・・ちょっと問題があるんだ。。。」
「何?!打合せと被るなら、打合せずらしてもらえるように土下座でもなんでもします。お願いします。ゆき様。俺にチャンスを!」
「バカ。違うよ。実は、番組の内容にちょっと問題があって。俺は今回は断るべきだと思う。」
「なにバカいってんだよ!最初で最後のチャンスかもしれないんだぞ!・・・どんな番組なんだ?」
「どっきり番組でさ。何も知らずに挨拶にきた一乗寺誌音に最近有名になってきたナイトが実は嫌なやつだったってドッキリを仕掛ける内容だとよ。」
「あのおもろいどっきり番組かぁ〜」
「番組関係者に一乗寺誌音が好きとか言い過ぎたから目を付けられたんじゃねえの?一乗寺誌音好きの番組関係者辺りの陰謀を感じるわ〜。」
「いやっ・・・それでもいい。誌音に会いに行く。」
「本当に受けていいんだな?」
「あぁ。受けたい。」
凪人は焦っていた。良くない出会い方だと思ったが、早く会いたい気持ちが大きくなりすぎていたから、もう止められなかったのだ。
番組収録の当時がやってきた。
「橘凪人さ〜ん。イヤホン聞こえてますか?」
(はい。)
「平然を装って下さいね〜僕が指示出すんでめっちゃ嫌な奴になっちゃって下さい!」
(了解で〜す。)
「もうすぐ橘さんの楽屋に一乗寺誌音が挨拶にきますから、集中しといて下さ〜い!」
凪人はテレビ用の凪人になる。
(お任せ下さ〜い!)
その時、ドアを叩く音がする。
コンコンコン。
「はぁ〜い」
「こんにちは。ご挨拶宜しいでしょうか?」
「どうぞ〜。」
ガチャ。
「こんにちは。一乗寺誌音と申します。」
(えっ誰?メイクさん?っていって!)
「えっ?誰?メイクさん?」
「あっ、いぇ。一応、元アイドルで、今は歌を歌ったり、ドラマにでたりさせて頂いてます。あの良かったらこれ、私の写真集です。恥ずかしいんですけど。」
(結構雑に受け取って、えっ?エロい?っていいながら雑に開けて!)
凪人は指示通り動き、
「えっ?エロい?」
「あっ、残念ながら全部服は着てます。」
(どっかページ開けて顔スリスリして誌音ちゃん見るを3回くらいり返して!)
凪人は最悪だぁ〜と思いながら、指示通りにする。
誌音は苦笑いしている。
(へぇ~まぁいいや。俺の事知ってる?って言って)
「へぇ~まぁいいや。俺の事知ってる?(写真集のくだり終わり?ただの変態じゃん俺!早く終わってくれ〜!)」
「はい!建築家さんですよね。素敵な建物を沢山設計されてますよね。」
「知ってるの?!」
凪人は、誌音が自分を知っていた嬉しさでついつい普通に話してしまった。
(ちょぃちょぃちょぃ!勝手に話さないの〜!俺めっちゃ有名な建築家だし知ってるに決まってるよな?)
「俺めっちゃ有名な建築家だし知ってるに決まってるよな。」
「あっ。はい。もちろん存じております。」
凪人は司会者の嫌な奴になる指示をしばらく続けた。
最悪な初対面ではあったが、初めて誌音と話すことができて幸せな気持ちになった。
(良く見たらまぁまぁカワイイやんか。何歳なん?)
「よっ、良く見たらまぁまぁカワイイやんか。何歳なん?」
「えっ?あっ、今年で27歳になります。」
(そっか〜付き合う?)
「(マジ?この司会者鬼だな。)そっか〜付き合う?」
突然、誌音は手で顔を覆い、泣き始める。そして、涙を流しながら、
「はい。」
誌音は手で顔を隠していたが、まっすぐ凪人を見つめていた。
凪は体を180度回転して誌音に背中を向けた。
「えっ?!」
凪人は完全にパニックになって、隠しカメラに助けを求めている。
スタジオは大爆笑の渦だ。
小声でマイクに助けを求める。
「これ、どうするんですか??」
(目をそらさないで、誌音ちゃん見て!ほら!)
凪人が誌音に目を戻すと、ドッキリ大成功!と書かれた札を誌音が持って微笑んでいた。
「えっ?ドッキリ仕掛けてると思ってたら、仕掛けられてたのかよ〜!勘弁して下さいよ〜!一乗寺誌音と付き合えたと思ったじゃないですか!」
「ごめんなさい。ゆ・る・し・て。」
「許そう!カワイイから許そう!」
「はぃカット!お疲れ様でしたー!」
撮影が終わった瞬間に凪人はうつ向き帰って行く。
幸村が追いかけてきた。
「おぃ!ナイト!挨拶しとけよ!せっかく誌音に会えたんだぞ!」
「もう・・・いい。」
凪人は涙を流していた。
「スーパーアイドルが俺みたいな一般人を相手にするはずなかったんだよ。」
「まだ出会った初日だろ?やっとスタートラインに立てたんだろ?早く戻るぞ!ナイト!」
凪人は幸村の手を振り払い、帰っていった。
幸村は撮影していた楽屋に戻る。
「皆さんすいません。橘は、これから打合せですので、急ぎ帰らせて頂きました。」
プロデューサーが残念そうにしている。
「いやぁ〜橘さん最高でした!ありがとうございます!建築家さんってお硬いイメージがありますけど、本当に素敵な方ですね!」
「ありがとうございます。」
幸村とプロデューサーが話していると、うずくまる様に立っていた誌音が泣きぐずれた。
「どうしました?誌音さん!」
まわりの皆が誌音に駆け寄る。
「仕事でも・・・私・・・ひどい事してしまった。橘さん不快な気持ちになったよね。。。」
(なんちゅういい子なんだよ。アイドルって性格悪いんだと思ってたわ。それともナイトもしかして脈アリか?)
そんな事を思いながら幸村はなだめる様にいう。
「一乗寺さん、大丈夫。俺がフォローしとくから。」
「ありがとうございます。」
誌音は幸村に小声で話す。
「今度、プライベートでお食事したいとお伝えお願いできますか?」
「はぃ?」
廻りが幸村の大きな声にこちらを見るが、誌音はお構い無しに小声で続ける。
「あっ、彼女さんとかいて迷惑なら断って下さい。」
「ははっ。あいつはフリーですよ。5年くらい片思いしてるんで。」
「5年も片思いかぁ・・・私にチャンスありますか?」
「誌音ちゃんならチャンスあるんじゃないかな。」
「ふふっ。ありがとう。必ずお伝えお願いします。」
「はぃ。必ず。」
誌音はお仕事モードに戻り、立ち上がる。
「皆さん取り乱して申し訳ありません。真田さんがフォローして下さるみたいなので、落ち着きました。」
場の凍りついた雰囲気が和やかになり、無事撮影は終わった。
凪人は一人悲しい気持ちで、社畜時代に初めて社内コンペが通った教会の大聖堂で座っていた。
(はぁ。誌音と出会うために今日までがんばってきた。俺はがんばった。でも、やっと出会えたのに・・・こんな仕打ちなくないか?ゆ・る・し・てって・・・許したら終わるじゃねーか。俺のこれまで、俺の全部。)
凪人は涙を流しながら、眠ってしまっていた。
これまで寝る間を惜しんでがんばってきた疲れが一気にでたのだろう。
コツコツコツ。
近づいてくるヒールの音に凪人は目を覚ます。
まどろみの中
(牧師さんかな?もう教会閉めますよ〜的な?もうちょっといたいな。)
コツコツコツ。
凪人の前でヒールの音が止まる。
顔を上げると、そこには涙を流す誌音が立っていた。
「えっ?天使?・・・じゃなくて・・・誌音?」
「はぃ。誌音です。」
「なんで?」
「なんででもいい。ぎゅってしてもいいですか?」
「えっ?」
凪人の返事を待たず、誌音は凪人に飛びついた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ずっ〜とこうしたかった。」
「何?ドッキリ?もう頼むから許してくれ。」
凪人はまた涙が勝手にこぼれおちる。
「違う。違うよ。ここには私しかいないでしょ。」
ほっぺたを膨らまし、スネた表情で誌音は凪人を見つめる。
「ほんとに?ドッキリじゃない?」
「うん。この教会で歌った日からず〜っとあなたが気になっていて、あなたが設計した建物を沢山見に行ったんだよ。あなたがテレビに出だしてあなたの性格とかなんとなく分かって、やっぱり私のナイト様だって思った。私とお付き合いして頂けませんか?」
「俺も、建築士の試験に受かった日、幸村といて、テレビでこの教会で歌う誌音を初めて見たんだ。その時からずっ〜と誌音の事が好きだった。誌音と出会うために、仕事がんばって、テレビに出られるくらいの建築家になりたいって今日までがんばってきたんだ。だから俺と結婚して欲しい!」
「えっ!?そうだったの?じゃあ私たち、同じ日に恋に落ちたんだね。・・・いきなり結婚かぁ。」
「気が早いよな。ごめん。」
「不束者ですが、よろしくお願いします。」
「えっ?いいの?結婚してくれるのか?」
「はい!喜んで!」
「ゔ、ゔん。」
二人が気づかない間に、近くにたっていた牧師が咳払いをする。
『わぁ!』
二人は驚いて声を上げた。
「ではお二人様、祭壇へ」
牧師は二人を手招きしながら、祭壇へ向かう。
なんじは・・・
『誓います!』
二人は、永遠の愛を、二人を繋いでくれた教会で誓った。
「それでは誓いのキスを」
凪人と誌音は、照れくさそうに初めてのキスをした。そして強く抱きしめ合い、永遠の愛を誓った。
「って事になりまして〜・・・」
「はぁ?・・・ナイト!良かったな!おめでとう!」
「でもあの教会が二人を結びつけてくれたんだな!ロマンチックすぎだろ!」
「そうだろ。そうだろ。」
「実は、昨日の収録の後で誌音がナイトと食事の約束を取り付けて欲しいって言ってきたんだよ。だから今日はお前の喜ぶ顔が見れると思って出社したのにまさかそれ以上とはな!で、いつ籍入れるんだ?」
「う〜ん。とりあえず事務所に相談するらしいんだけどさぁ・・・二人ともなんか浮かれてて・・・連絡先交換するの忘れてしまった・・・」
「はぁ?婚約者の連絡先知らないとか笑えるわ。。。どうするんだよ?」
「今日の夜、もう一回教会に行くわ。
誌音もきっと来てくれると思うんだ。」
「あぁ〜。まぁ可能性はあるな。色々ちゃんと報告、相談しろよ!お前はこの会社のCEOなんだからな!」
「真田副社長。心得ております!」
「はぁ本当に大丈夫かぁ?・・・」
その日の夜、凪人は教会にいた。
教会がしまるまで凪人は待った。
だが、誌音は現れなかった。
次の日も、
次の日も。
凪人は、教会にパソコンを持ち込み、仕事をしていた。時間の許す限り、夜は教会にいた。
でも、誌音は現れない。
そんな毎日をくり返していると、
コンコンコン。
「ナイト!テレビつけろ!」
「今度はなんだよ!」
幸村はテレビをつける。
「えっ?誌音・・・熱愛報道?・・・俺と結婚するんじゃないの?」
「なんでも男を自宅に入れたらしいぞ。」
「えっ?嘘だろ?」
「お前、弄ばれたんじゃないのか?」
「そんな事はない!絶対!」
「はぁ。真相を確かめる方法もないし。凪人なんで連絡先聞かなかったんだよ!」
「今更いわれても。仕方ないじゃん。俺は誌音を信じる!今日も教会に行く!」
「分かった分かった。気が済む様にしろよ。仕事はちゃんとしてくれよ!」
「分かってる。」
その日の夜も凪人は教会にいた。
もうすぐ教会の閉まる時間だ。
「あ〜ぁ。今日も来てくれないんだな。もう会えないのかな。他にいい奴が現れたのかな。」
凪人は涙が自然にこぼれてしまっていた。
「帰ろう・・・」
ガシャ。
コツっコツっ。
凪人が帰ろうと立ち上がると、教会のドアが開き、ヒールの音がする。
凪人が振り返ると、誌音が立っていた。
「はぁはぁはぁ。」
走ってきたのか、誌音は息切れで話せない。
「誌音。他に好きな奴・・・いたんだな。ありがとう。少しの時間だったけど幸せだったよ。」
凪人は足早に走り去った。
「まっ、待って・・・はぁはぁはぁ。」
誌音は一生懸命走ってきたからか、凪人を追いかける力が残っていなかった。
その場に倒れ込んで泣く事しかできない。
「違うのに〜やっと会えたのに〜え〜ん。え〜ん。」
「どうされましたか?」
牧師が歩み寄って話しかける。
「私、ちゃんとがんばったんです。事務所にもやっと認めてもらえて、家族にもお話して。がんばったのにぃ〜。え〜ん。」
「大丈夫ですよ。あなたも、凪人様もがんばっていらっしゃった。必ずご加護があります。」
「ありがとうございます。もう教会閉まる時間ですね。ごめんなさい。」
誌音は、しょんぼりとして、帰っていった。
牧師は二人が幸せになれるように、祈りを捧げてくれた。
それから何日か過ぎた。
カチ・・・カチ・・・カチ。
「おぃ!ナイト!お前仕事してるか?さっきからゆっ〜くりカチ、カチ、ってマウスの音聞こえるけど、いつもとスピード違いすぎだろ!」
幸村は凪人のパソコンの画面をのぞき込む。
「いやいや。お前、パソコン電源入ってないじゃん!想像超えてきたから逆に笑ってしまったわ!」
「ゆき、すまん。今は何もできない。」
「はぁ〜。まさかこんな事になるなんてな。昨日もいったけど、ちゃんと誌音に確認するべきだぞ。」
「誌音・・・俺が他に好きな奴いたんだなっていっても何も反論してこなかった。もう聞く必要なんてないんだよ。」
「そうかよ!ナイト!お前ちょっと休め!そうだなぁ。旅行とか行ってこい!」
「誌音と行きたかったなぁ。旅行。」
「しっかりしろよ!とりあえず今日は帰れ!今すぐ!」
幸村は凪人にカバンを持たせ、立ち上がらせる。
「分かった。ごめんな。ゆき。」
凪人は肩をすくめて帰っていった。
「はぁ。まったく。こうなったら俺が誌音に確認しに行くしかないか・・・」
凪人は家に帰り、天井をずっと眺めていた。下を向くと涙がこぼれてしまうから。
ブーブー。スマホがなる。
「ゆきか。なんだよ。帰れって言ったのにゆっくり休ませてくれよ。」
(もしもし。)
(ナイト!家か?テレビつけろ!)
(なんだよ。)
(誌音が会見するみたいだ!)
(そぅ。もう見たくない。)
(おぃ!ナイト!テレビに映ってる会場、教会だぞ。)
(えっ?なんで?)
(いいから早くテレビつけろ!誌音でてきたぞ!)
凪人はテレビを付けた。
(こんにちは。一乗寺誌音です。今日はお忙しい中、皆様、ありがとうございます。今日、私は私の今大切な事の全てをお話します。もし皆様に認めて頂け無ければ、引退してもいいと思っています。事務所とも沢山お話しました。だから、私の話を聞いて下さい。
まず、熱愛報道をされていますが、私が自宅に一緒に入ったのは弟です。あの日、自宅には両親も来ておりました。
両親と弟には結婚する事を報告しました。)
会場がざわつく中、一人の記者が質問する。
(結婚ですか?お付き合いされている方がいらっしゃったんですか?)
(お付き合いはしておりません。交際ゼロ日でしたが、婚約致しました。アイドルを引退する時にお話した、まだあった事のない好きな人とようやく先日出会う事ができました。その人は、この教会を設計した建築家の方で、私は、この教会で歌わせて頂いた時に、この教会がすごく素敵だって思って、設計した方を調べました。その後もその方の設計した建物を沢山見に行きました。6年前から少しづつ少しづつ好きになりました。おかしいですよね。会った事もないのに・・・その方は最近テレビにも出る様になって、テレビで見ててもっともっと好きになりました。)
記者がまた質問をする。
(すいません。お話遮る様ですが、お相手は橘凪人さんですか?)
(はい。ナイトさんも、この教会で歌う私を初めてテレビで見た日から私と結婚したいって思ったそうで、テレビに出られるくらいすごい建築家になる!ってがんばってくれたそうです。)
(素敵なお話ですね!
結婚はいつされるんですか?)
(分かりません。熱愛報道が出て、勘違いで今私たちはすれ違ってしまいました。だから、この場で皆様に私の気持ちを聞いて頂きたいというのもありましたが。「ナイトさん!見てくれてますか?私は・・・私はあなたしか見てません。これまでも、これからも!だから!私のナイト様。迎えに来て下さい!」)
誌音は涙を流しながら凪人に呼びかけた。
幸村は凪人に問いかける。
(おぃ!ナイト!ナイト!テレビ見てるのかよ?おぃ!なんとか言えよ!)
「あっ!そういう事か。映画かよ!」
凪人はとっくに教会に走っていた。
テレビに凪人が映って、幸村は安堵した。
「あ〜頼むからハッピーエンドで頼むぜナイト!」
「橘さんだ!」
会見会場がザワザワする。
凪人は遠くから叫ぶ。
「誌音!迎えにきたぞ!なんであの日いってくれなかったんだよ!」
誌音は立ち上がる。
「バカ!話聞いてくれなかったじゃん!私、凪人に会いたくてすんっごく走って来たんだよ!息切れして話せないし、追いかける元気も残ってなかったのに、勘違いしてさっさと帰ったよね?写真集に顔スリスリするより最低だよ!」
誌音は報道人をかき分け走り出す。
「ごめん。本当にごめん!」
凪人も誌音の元に駆け出す。
誌音は凪人に飛びつき凪人は受け止める。
「大好き凪人。」
「俺も誌音が大好きだー!」
二人は強く抱きしめあった。
会場は一般のやじ馬も報道人も感動の拍手を送った。
「皆様。今日はお時間を頂きましてありがとうございました。私達は結婚します!どうか温かく見守って下さい!」
凪人と誌音はこれから幸せな日々を送る。
ずっとずっと一途に思い会った二人をこの教会が結んでくれた。
そんなお話。
それから数年後。
「かんぱ〜い!」
凪人は、関東でいやっ世界で一番になった。毎年世界から一人しか受賞できないプリツカー賞を受賞した。
そのお祝いだ。
沢山の社員が集まり大宴会が開かれた。
「ナイトはやっぱりすげーな!俺の人生をかけるにふさわしいやつだったよ!」
乾杯前から嬉しくて呑みまくって既に酔っ払い状態の幸村がとなりで騒いでいる。
「ゆき!ありがとうな。お前の支えがあったからここまでこれた!」
「嬉しい事言うじゃねーか!実は、誌音ちゃんと結婚したら仕事やめるんじゃないかと思ってビビったんだよな俺っ。」
「あ〜俺も。目的を達成したら、やる気なくなっちゃうかと思ったんだけどさぁ、誌音が俺の設計した建物が好きっていってくれたから、もっともっと頑張ろうってなったんだよ!」
「はぃはぃ。のろけやがって〜。俺は未だに一人ぼっちなんだよ!悲しくなるぜ!」
「以外と近くに運命の人はいるんじゃねぇ?」
凪人が幸村のとなりに座る、幸村の部下の橘 結衣(凪人の妹だ。)に目をやる。
「えっ?年が離れすぎだろ!いくら兄妹でもセクハラだぞ凪人!最近厳しいんだから気を付けろよ!」
凪人は、反対側のとなりに座っているお腹が大きくなった誌音と顔を見合わせて笑う。
「あのっ。」
結衣が幸村に話しかける。
「ごめんね。結衣ちゃん。不快だよね。」
「私・・・ちゅっ」
結衣は幸村の頬にキスをした。
「えっ?」
幸村は固まっている。
「お兄ちゃんを支えてくれた様に、私は幸村さんを支えていくの。」
「ありがとう。実は・・・俺、結衣ちゃんの事、好きでした。」
「へへっ。知ってました。」
凪人が幸村の肩に腕をまわし、言う。
「ゆき、お前分かりやすすぎだからな!まぁ〜ゆきになら結衣を任せられると思ってる。」
「お兄さん。結衣さんを下さい!」
「気持ち悪いよ!まぁ・・・いいよ!なっ結衣?」
「うん!」
お祝いの宴会はさらにお祝いムードになり、大盛りあがりだった。
宴会が終わり、凪人と誌音はソファーに座り、くつろいでいた。
「結衣ちゃん、良かったね!あの二人すっごく分かりやすかったのに、いつまでたっても進展しないから心配だったんだ。」
「本当にな。ゆきのやつ、実は・・・結衣ちゃんが好き〜とかいってたのおもしろすぎだった!お前の周り全員が分かってるわ!ってツッコミそうになったよ。」
「ははっ。そうだね。・・・ねぇナイト・・・大好き!」
「俺も大好きだ!ずっ〜と一緒にいような。」
「うん!」
「完」