第09話 二人きりの放課後、本音トークと秘密の計画
「祐くん、今日ちょっと寄り道しない?」
金曜日の放課後。
いつもの帰り道、天宮さんが唐突にそう言った。
「寄り道って、どこ行くの?」
「秘密。ついてきて!」
天宮さんに手を引かれて、
駅から少し外れた住宅街を抜け、
やがて小さな公園に辿り着く。
放課後の陽射しが少しずつ和らいで、
ベンチには誰もいない。
「ここ、私の“とっておき”の場所なの」
天宮さんが嬉しそうに言う。
「昔、引っ越してきて間もないころ、
友達がいなくて、よくひとりでここに来てたんだ」
「今は、友達いっぱいいるじゃん」
「うん。でもね、本当は人付き合い、ちょっと苦手なんだよ。
だから、祐くんが“私の話、ちゃんと聞いてくれる人”でよかったって思ってる」
その言葉に、なんとなく照れてしまう。
「俺も、天宮さんといると落ち着くよ」
「……ねぇ祐くん、私、ずっと聞きたかったことがあるの」
「なに?」
「祐くんは、なんで“お試し”のままにしてるの?」
静かな風の音。
俺はしばらく答えを探した。
「……自信がなかったんだ。
天宮さんが俺といるの、本気で楽しいのか、とか。
俺にとって、天宮さんはちょっと遠い存在だったから」
「遠い?」
「うん。クラスの人気者で、明るくて、誰とでも仲良くできて。
そういうの、俺にはできないから……」
天宮さんは、ゆっくり俺の隣に座る。
「祐くんがそう思うの、わかる気がする。
でもね、私だって、本当は不安だった。
誰かとちゃんと向き合うの、ちょっと怖かったんだ」
彼女の声は、いつもより少しだけ弱かった。
「……祐くん、私のこと、好き?」
不意打ちの質問に、心臓が跳ねる。
「……好きだよ」
「ほんと?」
「ほんと。たぶん、“本気”で好きになってると思う」
天宮さんは、ふわっと微笑んで、
俺の手をそっと握った。
「じゃあ、私からも“本音”言うね」
「うん」
「私、祐くんと一緒にいたい。
“お試し”じゃなくて、これからもずっと――」
俺は、もう逃げられなかった。
「俺も、そう思ってる」
ふたりきりのベンチ。
いつの間にか、夕日が公園を赤く染め始めていた。
◇ ◇ ◇
ふたりでしばらく黙って夕焼けを眺めていた。
鳥の声と、遠くで子どもたちが遊ぶ声。
平日の夕方なのに、なんだか休日みたいな空気だ。
「ねぇ祐くん」
天宮さんがぽつりと呟く。
「私、小さいころから“本気”になるのがちょっと怖かった。
何かを全力でやると、傷つくのも、期待するのも、全部自分に返ってくるから……」
「俺も似たようなもんかも」
「……だから、今すごくドキドキしてる。
でも、祐くんとなら、失敗してもいいかなって思えるの」
彼女の本音が、まっすぐ胸に響いた。
「天宮さん、俺もさ……
“普通”が怖かったんだ。
誰かと同じように、毎日学校に行って、
友達としゃべって、
だけど、それだけで終わるのが、ちょっと寂しいと思ってた」
「ふふ、祐くんって、時々すごく繊細だよね」
「そうかな?」
「そう。……でも、その繊細さが好き」
天宮さんは笑いながら、
ベンチの上で両手を伸ばして大きく背伸びした。
「じゃあさ、これからもふたりで“普通”を楽しもう?
毎日一緒に帰って、くだらない話して、週末はデートして……
それが、ずっと続くように努力しようよ」
「うん。俺も、そうしたい」
◇ ◇ ◇
そのとき、急に風が強くなり、公園の木の葉がバサバサと揺れる。
天宮さんのスカートがふわっとめくれそうになり、慌てて押さえる。
「わっ、あぶない!」
「……見てないから!」
「ちょっと、祐くん、今の絶対見てたでしょ!?」
「み、見てないってば!」
ふたりで笑いながら、
その場の空気が一気にほぐれる。
◇ ◇ ◇
「そうだ、祐くん」
「なに?」
「来週、うちの文化祭なんだけど――
一緒に回ってくれない?」
「え? いいの? 天宮さん、友達いっぱいいるし、忙しいんじゃ……」
「ううん。祐くんと一緒がいいの。
友達には“彼氏と回るから”って言ってある」
「え、もう彼氏認定なの!?」
「当然でしょ!」
頬を膨らませてそう言う彼女を見て、
なんだか心がじんわり温かくなった。
「……じゃあ、俺も全力でエスコートしなきゃな」
「うん、期待してる!」
ふたりで立ち上がり、
並んで歩き出す。
公園を出るとき、
天宮さんが小さな声で呟いた。
「ねぇ祐くん。
これからもずっと、私の“本気”を受け止めてね」
「……はい」
いつもの“お試し”じゃない、
新しいふたりの物語が、静かに始まった。
◇ ◇ ◇
夕焼けの中、
ふたりの影がゆっくり伸びていく。
その先には、
きっともっと楽しい“普通”の日々が続いている――