第08話 噂大爆発!?
「ねえ祐くん、ほんとに一緒に登校していいの?」
「……いいけど、絶対目立つぞ?」
月曜の朝。
玄関で靴を履いていると、隣でにこにこしている天宮さん。
昨日のデートの余韻がまだ抜けない。
スマホのロック画面は、プリクラの笑顔写真に変わっている。
「いいの。だってもう、祐くんの“お試し彼女”じゃなくて、“公認彼女”だから!」
どこでその称号もらったんだよ、と思いながらも否定はできない。
母はキッチンから
「ふたりとも行ってらっしゃい~!」
と手を振ってくる。
もはや親子ぐるみの“本気交際”扱い。
「じゃ、手つないで行こ?」
「おい、朝から飛ばしすぎ……!」
「大丈夫、恥ずかしいのは最初だけ!」
駅までの道すがら、クラスメイトや近所の人に出会うたび、
「うわ、田所が天宮さんと手繋いでる!」
「え!? ガチ!?」
「昨日も一緒だったらしいぞ!」
――噂が秒速で拡散されていく。
◇ ◇ ◇
教室に着くと、男子連中の視線が痛い。
「田所……お前、リアルで爆発してくれ」
「天宮さん、昨日のデートマジだったの!?」
「おい、どういう経緯でそうなった!?」
俺は机に頭を伏せて、できるだけ空気になる作戦を取る。
だが、天宮さんはいつも通りに明るい。
「おはようみんな! 祐くんとデート楽しかったよ!」
教室の空気が、キィィン……と緊張する。
委員長の浅野が、冷静に分析モードに入る。
「田所、お前、何したんだ?」
「……別に、普通にデートしただけで……」
「“普通”の範囲、越えてるからな?」
「だよなぁ……」
俺の人生、ここにきて急カーブ。
◇ ◇ ◇
放課後――
「なぁ、天宮さん、今日帰りはどうする?」
「もちろん一緒に帰るよ? 祐くん、“本気の彼氏”は同伴が義務だよ!」
「そういう校則あったっけ?」
「心の校則!」
そう言って、さっさと俺の腕に自分の手を絡めてくる。
廊下を歩くだけで、上級生・下級生の女子グループがヒソヒソ。
「やっぱり天宮さん、本命なのかな……」
「田所くん、地味に見えてやるわね……」
いやいや、俺はただ流されてるだけで……
と思いながらも、隣の彼女の笑顔を見てると、
“流されてる”のが心地よくなってきている自分に気づく。
◇ ◇ ◇
下校時、駅まで歩く道すがら――
男子たちが遠巻きにヒソヒソしているのが見える。
「マジで付き合ってんの、あれ……」
「田所、急にリア充になりすぎ……」
「なんで俺じゃないんだ……」
天宮さんは全然気にせず、手をぎゅっと握る。
「祐くん、今日も楽しかったね」
「学校であんなに噂になるとは思わなかった……」
「大丈夫、最初だけだよ。みんな慣れれば“普通のカップル”扱いになるから」
「いや、天宮さん基準の“普通”は……」
「……でもね」
彼女は急に足を止めて、俺の顔をじっと見た。
「……祐くん、今日、ちょっとそっけなかったよね?」
「えっ?」
「教室でも廊下でも、私と一緒にいると、ちょっと恥ずかしそうだった」
「あ、いや、その……今まであんまり目立つタイプじゃなかったから」
「そっか。……でも、私といるときは、もっと自然に笑っててほしいな」
天宮さんの言葉は、いつもまっすぐだ。
ちょっとズルいくらいに、俺の心の奥を突いてくる。
「……ごめん。なんか、まだ慣れてなくて」
「ううん、いいんだよ。私も本当はね、今日一日すごくドキドキしてた」
「え? 天宮さんでも?」
「だって、祐くんの隣にいるのって、すごく特別だから」
そう言って、ふっと微笑む。
俺は思わず、
「じゃあ、今度は俺の方から手を繋いでもいい?」
と、言ってしまった。
「えっ、ほんと?」
「……本気の彼氏、目指してるから」
天宮さんは目を丸くして、
そのまま俺の腕にぎゅっとしがみついた。
「うれしい! やっと祐くんが“本気”って言ってくれた!」
「いや、まだ目指してるだけだからな!?」
ふたりで笑い合いながら、
家路を歩いた。
◇ ◇ ◇
家の前で別れるとき、天宮さんは小さな声で呟いた。
「……ねぇ祐くん、“お試し”の期限、そろそろ決めてもいい?」
「どういう意味?」
「ううん、なんでもない! 明日も、朝迎えに行くからね!」
玄関ドアの前で、
俺は思わず天を仰いだ。
こんな毎日が、“普通”になっていく。
それはきっと、すごく幸せなことなんだと思う。