第07話 お試し彼女と、秘密の休日
「祐くん、行こ?」
天宮さんが俺の部屋で私服に着替えて現れたとき、
俺は正直、呼吸の仕方を一瞬忘れた。
薄い水色のシャツワンピに、白いカーディガン。
普段の制服姿より、どこか大人っぽくて、
けど笑うと一気に“いつもの彼女”に戻る。
「……似合ってる、すごく」
「ほんと? 嬉しい! 祐くんが“私服見たい”って言ってたから、ちょっと頑張って選んだんだ」
「え? そんなこと言ったっけ……」
「言ったよ! “今度は制服じゃなくてデートしたい”って!」
「……無意識かよ」
天宮さんは、得意げにふふんと鼻歌交じりで、
玄関でスニーカーを履くときもなんだか楽しそうだった。
母はまたもや「デート楽しんできなさいよ~!」と、
変なテンションで見送ってきた。
「……これ、ほんとに“お試し”なのかな」
「祐くん、いい加減に自覚しよう?」
◇ ◇ ◇
駅まで歩く途中――
天宮さんは、ふいに俺の手をそっと取った。
「……あ、えっと、手……」
「今日だけじゃなくて、これからもこうやって繋いでたいな、って思ったらダメかな?」
「ダメじゃないけど……」
「よかった。祐くん、手あったかいね」
握られた手の温度が、じわじわ伝わる。
まだ恥ずかしいけど、でも、
不思議と“当たり前”みたいな気分にもなりつつある。
◇ ◇ ◇
駅ビルの中。
カフェで朝のコーヒーを飲み、ウインドウショッピング。
書店でお互いに“おすすめの一冊”を選び合う。
「祐くん、これ知ってる? 恋愛小説だけど、泣けるやつ」
「え、俺、こういうの読むキャラじゃないんだけど……」
「“彼女が選んだ本、絶対読んで感想聞かせること”! デートの義務ね!」
「義務!?」
でも、彼女の笑顔を見てると、断れない。
カフェで買ったマカロンを半分こして、
写真も撮って、
何気ない日常の全部が、ちょっと特別に思えてくる。
◇ ◇ ◇
――昼。
「祐くん、次はどこ行く?」
「え? 俺が決めていいの?」
「今日は“彼氏主導デー”って決めてきたんだ。私ばっかりリードしてたから、祐くんが私を連れて歩いて?」
「……そういうの、苦手なんだけどな」
「いいの! だって、私は祐くんについていきたいから」
天宮さんは本気でうれしそうな顔をして、
俺の腕に自分の手を絡めてきた。
……この距離感、まだ慣れないけど、
でも、
“これでいいんだ”って思えてきてる自分がいた。
◇ ◇ ◇
ゲームセンターに入ると、天宮さんは一気にテンションアップ。
「祐くん、あのUFOキャッチャー取って!」
「いきなり!? 俺こういうの全然得意じゃ――」
「がんばってっ!」
キラキラの瞳で見つめられ、断れない。
財布から小銭を投入し、必死でレバーを操作する。
案の定、ぬいぐるみは持ち上がって途中で落下。
「惜しい〜! もう一回!」
……なんだかんだ、3回目でやっと成功。
ピンクの小さなウサギのぬいぐるみを取って彼女に渡す。
「すごいっ! 祐くん、ありがと!」
「いや、完全に運だけど……」
「でも嬉しい! これ、今日の思い出にする」
嬉しそうに頬を染める天宮さん。
俺はその笑顔に、ゲーム代以上の価値を見出していた。
◇ ◇ ◇
そのあと、人生初のプリクラへ。
「俺、こういうの苦手なんだよね……」
「大丈夫だよ。私が全部盛っとくから!」
ブースの中、ふたりで顔を寄せ合い、
ふざけて変顔も入れてみたり、
最後はごく自然に隣同士でピース。
「見て見て、祐くんめっちゃイケメンに盛れてる!」
「いやいや、これ誰!? 加工すごすぎだろ!」
「私は可愛くしてくれた?」
「うん、普段より3割増しで」
「本音でよろしい!」
ふたりで笑いながら、プリクラのシートを分け合う。
「これ、祐くんのスマホケースに入れてほしいな」
「え、恥ずかしくない?」
「全然! むしろ見せびらかしたいくらい!」
天宮さんの自信、ほんとにすごい。
◇ ◇ ◇
お昼は駅前の小さなパスタ屋へ。
窓際の席、ふたりきり。
「……ねぇ祐くん、今日のデート、どう?」
「めっちゃ楽しい。てか、普通にカップルっぽいなって思ってる」
「でしょ? もう“お試し”じゃなくてもいいんじゃない?」
「……それ、今言う?」
「うん。だって今日、祐くんがすごく自然に隣にいてくれるから」
そう言って、彼女はテーブルの下でそっと俺の手を握る。
「私、祐くんが本気になってくれるまで、どこまでも一緒にいるからね」
「……じゃあ、これからも“お試し”続けていい?」
「うん。でも、そろそろ祐くんから“本気”って言わせてみせる」
言葉にできない“何か”が、ふたりの間で静かに灯る。
◇ ◇ ◇
食後、公園をぶらぶら歩く。
芝生の広場、ベンチに並んで腰かける。
「なんか、普通の日曜日っぽいな」
「普通って、大事だよ」
天宮さんは、ウサギのぬいぐるみを膝の上で抱えている。
「祐くん、今日は“秘密の休日”ってことで、
誰にも言わずに過ごそうね」
「なんで?」
「なんか……こういうの、ふたりだけの思い出にしたいなって思って」
その横顔を、少しだけ見つめてしまう。
◇ ◇ ◇
夕暮れが迫る帰り道。
ふたりきりで駅まで戻る。
電車を待つホームで、
彼女はそっと俺の腕に寄り添った。
「ねぇ祐くん」
「ん?」
「また、今日みたいな日、作ろうね」
「……うん」
心から、そう思った。
電車が来て、ホームのアナウンスが響く。
手を振って別れを告げる。
「バイバイ、祐くん」
「またな」
その帰り道、俺のスマホケースには、
さっき撮ったプリクラと、ウサギのぬいぐるみの写真が一緒に入った。
“お試し”のはずだったのに、
俺の世界は、もう“本気”の彼女で埋め尽くされつつある――