第05話 お試し彼女が"制服のまま"俺の布団で寝ている
雨の音が強くなる午後六時、
俺はリビングでカップラーメンをすすっていた。
両親は共働きで今日は母が夜勤、父も遅番。
静かな家の中、テレビの音と湯気の匂いだけ。
そんななか、インターホンが鳴った。
「……こんな雨の中、誰だよ」
玄関を開けた瞬間、そこに立っていたのは――
「おじゃましまーすっ!」
びしょ濡れの天宮 澪だった。
制服のまま。傘もなし。前髪は雨でぺったり額に張り付いている。
「……うそだろ」
「へっくち! あー、寒い。祐くん、なんで玄関出るまでこんなに時間かかったの?」
「いや、普通こんな天気で人来ると思わないし……ってか、なんで傘ないの!?」
「なんか、電車止まってて駅から走ってきた!」
「走って来た!? 俺ん家、駅から10分あるんだけど!?」
「祐くんちが近くて助かったー。……えへへ、ずぶ濡れでも来たくなるくらい、好きなのかも」
心臓がひとつ跳ねた。
◇ ◇ ◇
風呂を貸し、俺はタオルとパーカーを手渡した。
数十分後、髪を乾かしながら出てきた天宮さんは、俺のパーカーを着ていた。
「やっぱちょっと大きいね。……ぶかぶかだけど、なんか安心するかも」
その無防備な姿を見て、目が泳ぐ。
なにこれ。可愛いっていうかもう反則。
「で、……泊まる気?」
「だって、もう雷なってるよ? 祐くんのお母さん、“泊まってっていいわよ〜”ってこの前言ってたし?」
あの人……俺より天宮さんに優しい。
「あと、雨がすごくて帰れそうにないし、泊まるしかないよね!」
満面の笑顔で押し切られた。
◇ ◇ ◇
晩ごはんは、コンビニで買った総菜と、天宮さんが作った卵焼き。
「こんなのしかないけど……」
「ううん、祐くんと食べるごはんなら、なんでもおいしい!」
もう彼女、完全に“本命彼女モード”である。
「でも、私って結構な勢いで来てると思うんだけど……祐くん、引いてない?」
「……ちょっとは驚いてるけど」
「でも?」
「でも、嫌じゃない」
その言葉に、彼女はぱぁっと笑った。
「じゃあ、もっと本気出してもいい?」
「それ以上出すの!?」
「うん、“お試し”なんて言わせないくらい!」
◇ ◇ ◇
夜。
彼女は俺の部屋で布団に潜り込んでいた。
俺は床に布団を敷いて、自分の寝る準備をしていたが――
気になって寝られない。
「祐くん、起きてる?」
「起きてる……」
「私さ、ほんとはちょっと怖かったんだよ。
“お試し”なんて言ったけど、断られたらどうしようって……」
「なんでそんなこと思うんだよ」
「だって……祐くん、すごく優しいから。
だから、私が“遊び半分”って思われたら、嫌だなって」
「天宮さん、全然遊び半分なんかじゃないよ」
「……ありがとう」
その声は、少しだけ震えていた。
「ねえ、祐くん。……こっち、来ない?」
「……えっ」
「布団、ひとつしかないし。雨の音、ちょっと怖い」
その言葉に抗えず、そっと彼女の隣に横になる。
心臓の音が、雨音と重なって聞こえる。
「……近い」
「嫌?」
「……全然、嫌じゃない」
その夜、俺は彼女の温度に包まれながら、
人生でいちばんドキドキする夜を過ごした。
◇ ◇ ◇
――翌朝。
目を覚ますと、彼女は俺のパーカーのまま、となりですやすや寝息を立てていた。
寝ぼけて伸びた手が、俺の腕を掴んで離さない。
「……おはよう、天宮さん」
「んー……おはよう……」
目を開けて、ぼんやりと微笑む。
まだ夢のなかにいるみたいな顔。
「制服、しわになってるよ」
「祐くんのせい」
「なんでだよ!」
「祐くんが隣にいたから……」
朝日が差し込む部屋の中、
二人だけの、ちょっと不思議で、甘い朝だった。