第02話 初デートはサバイバル訓練?
土曜、朝7時。
……正気の沙汰じゃない時間に、駅前に立っていた。
しかも半袖Tシャツにジャージ、リュックにタオルと水筒装備で。
なぜかって?
昨日、彼女から来たLINEの指示がこれだ。
【明日7時に〇〇駅集合!】
【動きやすい格好で!水分必須!】
【あと虫よけスプレーとタオルも!忘れたら即失格!】
……失格ってなに。
「おっそ~い。祐くん、2分遅刻!」
待ち合わせ場所にいたのは、ポニーテールでスポーツサングラス、やる気しかない格好の天宮さん。
「おはよう……で、今日の目的地は?」
「登山!」
「……え?」
◇ ◇ ◇
話を整理しよう。
デート=カフェとか映画とか、静かに手を繋ぐとか、そういうんじゃないのか。
なんで山? しかもわざわざ標高高めの低山じゃないやつ。
「“初デートで命の危機を共有したカップルは別れにくい”って統計、読んだことない?」
「ない。ていうかそれ何の研究……?」
「登山は信頼の育成プログラムだよ? 祐くん、足元気をつけてね!」
まるで“付き合い歴3ヶ月目の彼女”みたいなナチュラルな心配の仕方だった。
まだ交際2日目です。
◇ ◇ ◇
登山道に入ると、天宮さんはとにかく元気だった。
「やっぱりこういう空気吸うと、愛が育つ気がしない?」
「俺は足が育ってる気しかしないけど……」
「はい、チョコレート!糖分取って!はい、あーんして?」
「いや、歩きながら“あーん”って危ないって……あ、ちょ、あーん……むぐ」
強引に差し込まれるチョコ。
すれ違った登山夫婦に見られて、すごく“あたたかい目”を向けられた。
「ごちそうさま、祐くん」
「俺が食べたんだけど……」
「もう! そういうところ! 素直に照れてくれていいのに~!」
天宮さんはニコニコと歩き続ける。
息は上がっていない。体力バケモンか。
一方俺はもう膝が笑ってる。全然可愛くない笑い方してる。
◇ ◇ ◇
休憩ポイントで腰を下ろしたとき、天宮さんが突然言った。
「祐くんってさ、彼女と手つなぐの、抵抗あるタイプ?」
「は? いや……べ、別に……」
「じゃあ……つなぐ?」
言い終わる前に、彼女の手が俺の手にふわっと重なる。
「……やわらか」
「なにそれ感想? タオルと間違えてない?」
「ち、違っ……!」
彼女は楽しそうに笑う。
「ね、祐くん。“お試し”ってまだ思ってる?」
その言葉に、俺はすぐには答えられなかった。
「……ちょっとだけ」
「ふーん。じゃあ、今日中に“ちょっと”って言わなくなるくらい、好きになってもらおっかな」
彼女のその宣言に、思わず苦笑する。
だけど、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、なんだろう。
ちょっとだけ――いや、かなり楽しみになってきた。
◇ ◇ ◇
そして帰りの電車。
俺は爆睡、彼女はスマホでツーショット写真を加工中。
気がつくと、彼女のインスタにはこう投稿されていた。
【“お試し彼氏”と山頂征服。次は彼の心を征服します!】
――やっぱりこの人、ガチで本気だ。
そしてたぶん俺は、その本気に、
もう少しで落ちる。