第18話 初舞台とふたりのエール
「ついに今日だね!」
土曜の朝、駅前のカフェ。
天宮さんは微笑みながら凛の肩を軽く叩く。
「うん、めっちゃ緊張してるけど……」
凛は少し顔をこわばらせながらも、
その目はどこか輝いている。
「だいじょうぶ。凛ちゃんならきっと大丈夫」
天宮さんは頼もしくうなずいた。
俺も「絶対うまくいくって」と背中を押す。
今日は、凛が演劇部の見学体験を経て、
初めて“本番の舞台”に立つ日だ。
◇ ◇ ◇
会場は、地元の市民ホール。
文化祭のサブイベントとして、各部活が発表の機会をもらっている。
開演前の楽屋裏は、まるでお祭りのような騒がしさだった。
「凛ちゃん、台詞、全部覚えた?」
「たぶん……でも、やっぱり緊張する!」
「深呼吸、深呼吸!」
天宮さんはまるで自分のことのように応援している。
俺もリュックからチョコレートを取り出し、「これ、糖分補給に」と手渡す。
凛は深呼吸してから、チョコを口に入れ、「よし!」とガッツポーズを見せた。
「二人がいてくれて、本当に良かった」
その一言に、俺も天宮さんも思わず目を合わせ、
「応援してる!」と声をそろえる。
◇ ◇ ◇
舞台袖で出番を待つ凛。
手は少し震えている。
会場のざわめき、
スポットライトの熱。
凛は、自分が“誰かに何かを届ける”側に立つことを、
ずっと夢見ていた。
「……私にできるかな」
誰にも聞こえないような小さな声でつぶやく。
でも、その瞬間――
スマホに祐くんと天宮さんからのメッセージが届く。
【がんばれ!】【凛ちゃんなら大丈夫!】
画面の文字が、小さな勇気に変わった。
◇ ◇ ◇
ついにカーテンが上がる。
舞台の中央、凛が歩き出す。
客席には、天宮さんと俺が並んで座っている。
台詞の最初の一言。
思ったよりも声が震えた。
けれど、
ふたりの顔を見つけた瞬間、
胸の奥がすっと軽くなる。
「……はじめまして、私は――」
舞台の上で、凛の物語がはじまった。
◇ ◇ ◇
舞台の上、凛はスポットライトの中に立っていた。
客席のざわめきも、袖で見守る部員たちの応援も、
今は遠く霞んで、耳には自分の心臓の音だけが響いている。
「……はじめまして、私は――」
その台詞は、練習のとき何度も声にしたものだった。
でも、今日の凛の声はほんの少し震えていた。
「大丈夫、大丈夫……!」
客席の前列に座る天宮さんと俺が、
小さくガッツポーズを送るのが見えた。
その瞬間、不思議と肩の力が抜けていく。
凛は、
自分がいま“届けたい言葉”を胸の奥からそっと引き上げる。
台本どおりに進んでいくシーン。
けれど、練習以上に自分の心をこめて、
ひとつひとつの台詞を紡いでいく。
「あなたのことが――ずっと好きだった!」
クライマックスの告白シーン。
声がホールに響いた瞬間、
客席から「おおっ」とどよめきが起きた。
凛は思った。
自分はこれまで「応援する側」だったけれど、
今はちゃんと「伝える側」になれている、と。
緊張で手は冷たかったけど、
その冷たさごと、自分のすべてを舞台に預ける気持ちだった。
やがて舞台は幕を閉じる。
最後のカーテンコール。
客席から惜しみない拍手が贈られる。
袖へ戻ると、演劇部の仲間たちが「最高だったよ!」とハイタッチを交わしてくれる。
凛は思わず涙があふれそうになる。
◇ ◇ ◇
会場の外で待っていた天宮さんと俺は、
真っ先に駆け寄る。
「凛ちゃん、すごかったよ!」
天宮さんは両手で凛の手をぎゅっと握る。
「緊張して声震えてたの、分かったけど……
最後の告白シーン、ほんとに“本物”の気持ちが伝わってきた」
俺も思わず口元が緩む。
「今までの凛の中で、一番“自分らしい”って感じだったな。
すごい勇気もらったよ」
凛は少し照れたようにうつむき、
「二人がいたから、ここまで頑張れたんだよ」と小さな声で呟いた。
そのとき、少し離れたところで演劇部の先輩が呼びかける。
「水瀬さん!今日の演技、すごく良かったよ。
来月、また次の舞台あるから一緒に出てほしいんだけど、どう?」
「……私でいいんですか?」
「もちろん!今日の凛ちゃんは、ちゃんと主役だったよ!」
凛の目に、今度は嬉し涙が浮かんだ。
◇ ◇ ◇
その日の帰り道。
夕焼けの道を三人で並んで歩く。
「私、これからもっと頑張ってみる。
次は主役、ちゃんと演じ切れるように」
天宮さんが凛の肩をぽん、と叩く。
「どんな夢でも、私たちが応援団だから!」
俺も笑ってうなずく。
「みんなで、次のステージも見に行くから。
……というか、どこまでも応援するよ」
凛はちょっと泣きそうな顔で、
でも満面の笑顔を浮かべて「ありがとう!」と言った。
◇ ◇ ◇
夜、自分の部屋でベッドに寝転びながら、
凛はスマホを見つめていた。
【天宮さん】
「今日は本当にお疲れさま!
私も新しいこと、なにか始めたくなっちゃったよ」
【俺】
「すごくカッコよかった。
勇気もらったから、明日からまた頑張れそう」
凛は、
「これからの自分は、きっとどんどん変わっていける」と
胸を張って思えた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
三人で駅前に集まる。
凛はまだ少しだけ緊張しているようだったが、
昨日までとは違う、
“何か新しい世界”に一歩踏み出したような、そんな輝きをまとっていた。
天宮さんも俺も、
そんな凛の隣で笑っている自分たちに気づく。
「さあ、次はどんな“新しい自分”を見せてくれる?」
「見ててよ! 絶対びっくりさせるから!」
三人の未来は、
きっとこれからも――
驚きと成長と、たくさんのエールで溢れていくのだろう。