第16話 それぞれの"好き"の形
冬の足音が少しずつ近づきはじめた土曜日。
今日は、三人で計画した“はじめての遠出”の日だった。
「お待たせ~!」
駅の改札で手を振る凛の声が響く。
天宮さんは新しいコートに身を包み、
俺は少し緊張しながらも、二人の間に立っていた。
「今日は一日、全力で楽しむぞー!」
凛が元気いっぱいに声をあげる。
天宮さんも、それにつられるように小さく微笑んだ。
「どこ行くの?」
俺が聞くと、
凛はウインクして「秘密!」と返す。
「澪ちゃん、今日のお出かけ楽しみにしてたよね?」
「うん、最近はずっとテストや勉強会だったから、
こうやってみんなで出かけるの、本当に久しぶりだよ」
三人で並んで歩きながら、
自然と会話が弾む。
改札を抜けて、
電車に揺られること30分。
目的地は――大きなショッピングモールだった。
「映画館もあるし、ゲーセンもあるし、カフェもたくさんあるよ!」
凛が嬉しそうに案内する。
「せっかくだから、いろいろ回ろうよ!」
天宮さんも笑顔を見せる。
三人で、
少し大人になったような気持ちで、
休日のモールを歩き出す。
◇ ◇ ◇
まず向かったのは映画館。
「みんな観たい映画ある?」
「恋愛ものがいいな」
天宮さんがぽつりと言う。
「私はコメディ派だけど……澪ちゃんの希望優先で!」
「祐くんは?」
「うーん……二人のどっちでもいいよ」
「……それじゃあ、恋愛映画にしよう!」
天宮さんがちょっと嬉しそうに席を取る。
三人並んでポップコーンを回し合いながら、
スクリーンの明るさの中で、
ふと天宮さんと指が触れ合う。
俺は照れて目をそらしたけど、
その指先の温度はしっかりと残った。
◇ ◇ ◇
映画のあと、
フードコートでランチタイム。
「澪ちゃん、さっき泣いてなかった?」
凛がからかうように尋ねる。
「ちょっとだけ……感動しちゃった」
「祐くん、ちゃんとハンカチ渡してあげた?」
「いや、俺も泣きそうだったから……」
三人で笑い合うと、
テーブルの上にほんのり暖かな空気が広がる。
◇ ◇ ◇
午後はゲーセンへ。
「クレーンゲーム、絶対取るから見てて!」
凛がやる気満々でチャレンジする。
天宮さんと俺は後ろで見守る。
「凛ちゃん、こういうの得意そうだけど、意外と下手なんだよね」
天宮さんがクスクス笑う。
「見てろ~! 今日は気合が違うから!」
数回失敗したあと、ついにぬいぐるみをゲット。
「やったー! これ、澪ちゃんにあげる!」
と差し出す凛に、天宮さんはびっくりした顔。
「えっ、私に?」
「うん、友情の証!」
天宮さんは照れくさそうに
「ありがとう」と受け取り、
凛と見つめ合ってふたりで微笑む。
俺はその様子を見て、
ちょっとだけ胸がきゅっとなる。
「祐くんにも取ってあげようか?」
「いや、俺は見てるだけで……」
「ダメ! 祐くんも、はい、チャレンジ!」
三人で大はしゃぎする時間は、
気づけばあっという間に過ぎていった。
◇ ◇ ◇
夕方、
ショッピングモールの屋上庭園でひと休み。
沈みかけた夕陽が、
街をオレンジ色に染めている。
「楽しかったね」
天宮さんがぽつりと言う。
「うん、今日は本当に特別な一日だった」
凛もベンチに寝転びながら、空を見上げている。
「なんかさ、三人でいれば、
どんなことでも乗り越えられる気がするんだよね」
その言葉に、俺も天宮さんも静かにうなずいた。
「これからも、ずっと一緒にいられるといいね」
天宮さんがささやく。
「……うん、そうだね」
日が暮れていく空の下、
三人の影がゆっくりと長く伸びていった。
◇ ◇ ◇
夕暮れのショッピングモール屋上庭園。
冷たい風が頬を撫で、
街の明かりが少しずつ灯り始めていた。
「……そろそろ帰ろうか?」
凛が立ち上がる。
「もうこんな時間なんだ」
天宮さんが腕時計を見て驚く。
「今日一日、あっという間だったね」
俺も思わずため息をつく。
三人で並んでエレベーターを降り、
駅までの帰り道を歩く。
「ねぇ、次はどこ行きたい?」
凛が楽しそうに話題を振る。
「動物園とか、どうかな」
天宮さんが小さな声で答える。
「いいね!祐くんは?」
「俺も賛成。みんなで行こう」
また一つ、新しい約束が増えた。
◇ ◇ ◇
電車を待つホーム、
人混みのなかで自然と肩が触れる。
ふと、天宮さんが俺の袖をそっと引いた。
「ねぇ、祐くん。
さっき、凛ちゃんが“三人ならなんでも乗り越えられる気がする”って言ってたけど……
私、ほんとは祐くんとふたりきりの時間ももっと欲しいな」
その言葉に、俺は少しだけ驚いて天宮さんの横顔を見る。
「うん、俺も同じこと考えてた」
天宮さんはほっとしたように微笑んで、
「……また今度、ふたりで映画も行こうね」と小さく呟いた。
その様子を、少し離れたベンチで見ていた凛が、
ちょっとだけ寂しそうに空を見上げているのが目に入る。
◇ ◇ ◇
帰りの電車の中。
三人で向かい合わせに座ると、
凛がふいに声を落とす。
「ねぇ……私ね、今日すっごく楽しかったんだけど、
澪ちゃんと祐くんの間には、やっぱり入りきれない“特別”があるなって思ったんだ」
「凛ちゃん……」
「それは寂しいとかじゃなくて、
なんか安心した。
ふたりのこと、ずっと応援したいなって心から思えた」
天宮さんがそっと凛の手を取る。
「凛ちゃんがいてくれたから、私も祐くんもここまで来られたんだよ」
「ありがと。でも、今度からはちょっとだけ、
私も自分の夢とかやりたいことを考えてみる」
「どんな夢?」
「……まだ内緒!」
凛の笑顔が、いつもより少し大人びて見えた。
◇ ◇ ◇
地元の駅に着く頃には、
夜風が本格的に冷たくなっていた。
改札前で三人が立ち止まる。
「今日は本当にありがとう!」
凛が明るく手を振る。
「またみんなで出かけよう」
天宮さんも微笑む。
「うん! 今度はもっと計画立てていろんなとこ行こうね!」
「もちろん」
最後に三人でハイタッチをして、
それぞれの帰路についた。
◇ ◇ ◇
夜、家のベッドでスマホを見つめる。
【天宮さん】
「今日、一緒にいてくれてありがとう。
またふたりで映画、行こうね」
【凛】
「今日の思い出、ノートにまとめちゃった!
ふたりとも、私の大事な親友だよ」
画面の向こうから、
それぞれの“好き”がゆっくりと形になっていくのを感じる。
青春の日々は、
こうやって少しずつ深まっていくのかもしれない。
◇ ◇ ◇
翌朝。
窓の外には、初霜の降りた景色が広がっていた。
新しい季節のはじまり――
そしてまた、三人で歩き出す“次の一歩”が始まろうとしていた。