第11話 転校生と波乱の文化祭
文化祭前日。
教室は最後の飾り付けと準備で大騒ぎだった。
「よーし、これで全部終わりだね!」
天宮さんの声に、みんなが拍手する。
今年の3年A組は、準備から本番まで団結力がすごかった。
そのとき、ガラリと教室のドアが開く。
「失礼しまーす! えーと、転入生の水瀬凛です。よろしくお願いします!」
明るくて大きな声、ショートカットが似合う少女が元気に教室に入ってきた。
「えっ、今日!?」
「転校生、今!?」
先生も苦笑しながら、「明日からだけど、事前にクラスの雰囲気を見てもらいたくてね」と説明する。
「みんな、仲良くしてあげてくれよー!」
「……あれ、澪!?」
凛が目を丸くする。
「え、凛ちゃん!?」
天宮さんも同じくらい驚いた顔で、教卓の前まで駆け寄った。
「久しぶり~! まさか同じクラスになるなんて!」
二人はそのまま小さな声で何やら話し込み始めた。
まわりは完全に取り残されている。
「……天宮さんの知り合い?」
「え、まさか元カノ!?」
「田所、ピンチ……?」
俺も何が起きているのかわからず、ただ様子を見ていた。
◇ ◇ ◇
天宮さんが凛を引っ張って俺のところにやって来た。
「祐くん、紹介するね! 中学のときの親友で、すごく明るい子!」
「初めまして! 水瀬凛です。田所くん、よろしく!」
にこっと手を差し出されて、思わず握手してしまう。
「田所祐です、よろしく……」
「ふふ、なんか二人とも初々しいね! あ、もしかして、もしかして――」
「うん、この人、私の彼氏なんだ!」
天宮さんが全力で宣言する。
クラスが一斉にどよめく。
凛は「おおー! 本当に付き合ってるんだ!」と
無邪気に拍手した。
「うちの中学のときから澪って、恋愛下手だったから……よかったね! 祐くん、これからもよろしくね!」
「え、あ、はい……」
完全にペースを握られている。
◇ ◇ ◇
放課後。
凛がひょっこり俺の机にやってきた。
「田所くんさ、澪のどこが好きになったの?」
「えっ……えっと、優しいところとか……」
「なるほどねー! 澪も昔はぜんぜん自分出せない子だったのに、今はちゃんと彼氏作れるようになって、私もうれしい!」
「なんか、すごい面白い子だな……」
「私、友達多いけど、恋バナとかぜんぜん得意じゃなくて。でも、澪の“本気”って感じ、すごい応援したくなるんだ!」
笑いながら話す凛は、
どこか天宮さんと似ていて、でも全然違う不思議な雰囲気だった。
◇ ◇ ◇
文化祭当日。
校舎中が賑やかな声であふれ、模擬店やライブの音が廊下を満たしている。
3年A組のカフェも大盛況。
天宮さんは制服にエプロン、班長らしくキビキビとみんなを動かしていた。
その傍らで、凛も早速クラスに溶け込んでいた。
「澪ちゃん、パフェの注文入ったよ!」
「ありがと、凛ちゃん!手伝って!」
テキパキ仕事をこなすふたりは、まるで長年のコンビみたい。
俺も厨房でパフェ作りを手伝っていたが、
その光景を見てちょっとだけ胸がくすぐったかった。
「田所くんって、普段家でも料理するの?」
凛が突然話しかけてきた。
「いや、そこまでじゃ……でも一応、簡単なやつは」
「ふふ、優しい彼氏だね!澪、幸せそうだもん」
「そうかな……」
「うん! あ、そうだ!」
急に凛が俺の腕を掴んで、カフェの外へと引っ張っていった。
「ちょ、どこ行くの?」
「いいからいいから、ちょっとだけ付き合って!」
廊下を抜けて、空き教室へ。
凛は俺の顔をまっすぐ見た。
「ねぇ田所くん、澪と付き合ってて、辛いこととかない?」
「え? 辛いこと?」
「うん。中学のときから、澪っていつも自分の気持ち抑えちゃう子だったからさ。
もし何かあったら、遠慮せずに頼っていいからね!」
「あ……ありがとう。けど、天宮さん、今はすごく前向きだし、俺も……」
「そっか、それならよかった!」
ぱっと明るい笑顔を向けられて、思わず苦笑いした。
「あとで三人で写真撮ろうね!」
そう言って、凛は教室に戻っていく。
◇ ◇ ◇
昼休み。
カフェの休憩中、三人で校庭のベンチに座った。
「凛ちゃん、学校どう?」
「楽しいよ! 澪がいるだけで、もう最高!」
「なんか中学のときみたいで懐かしいね」
天宮さんと凛がキャッキャと笑い合うのを、
ぼんやり眺めていた。
ふと、凛がさらりと聞く。
「そういえば、祐くんって澪のどんなところが好きなの?」
「え、急に!?」
「うん、教えて!」
天宮さんも耳を赤くしてうつむいている。
「えっと……素直で、まっすぐで、優しくて……それから」
「それから?」
「……俺のこと、すごく大事にしてくれるところ、かな」
天宮さんが照れながらも、うれしそうに笑った。
「澪、よかったね!」
凛の無邪気な一言に、
ほんのちょっとだけ、天宮さんが凛を意識したような気がした。
◇ ◇ ◇
午後、出し物を回ったり、写真を撮ったり、
三人でわいわい過ごす文化祭。
だけど、
どこか天宮さんが時折静かになる瞬間があった。
帰り道、
天宮さんがぽつりとつぶやいた。
「……凛ちゃん、すごいね。あっという間にみんなと仲良くなっちゃって」
「うん。なんか、天宮さんと似てるなって思った」
「似てないよ。凛ちゃんは、誰とでもすぐ仲良くなれるから……」
その声は、少しだけ寂しそうだった。
「大丈夫。俺は、天宮さんがいちばんだって思ってるから」
「……ほんと?」
「ほんと」
そっと手を繋ぐと、
天宮さんの表情がふっとやわらかくなる。
◇ ◇ ◇
帰宅後、スマホに凛からメッセージが届いた。
【今日はありがと! 澪と祐くん、最高のカップルだね!また一緒に遊ぼう!】
そのメッセージを見て、
なんだか不思議な温かさと、
ほんの少しの胸騒ぎが心に残った。
三人の青春は、
新しい季節へと動き始めていた。