第10話 文化祭と小さなすれ違い
文化祭まで、あと一週間。
放課後の教室は、準備の熱気でいつもより賑やかだった。
俺のクラスは「カフェ」担当。
みんなでメニューの試作や飾り付け、看板作りに追われている。
「祐くん、こっち手伝って!」
「はいはい、今行く」
天宮さんは、班長としてテキパキ指示を出していた。
「天宮さん、リーダー向いてるな……」
「やめてよ~、みんなが優秀なんだよ!」
周囲の男子も女子も、天宮さんに従ってせっせと作業する。
気がつけば、俺は端っこで地味にポスターを描いていた。
「祐くん、ポスター上手い! 絵心あるじゃん」
「いや、こういうの得意ってだけで……」
「うちの班、絶対一番になるよ!」
天宮さんの言葉に、班のみんなが一斉に笑顔になる。
――正直、俺も嬉しかった。
◇ ◇ ◇
準備がひと段落したところで、天宮さんが近づいてきた。
「ねぇ祐くん、明日一緒に買い出し行かない?」
「いいよ。どこ行くの?」
「駅前のショッピングモール! 装飾の小物と、班の分のお菓子、あと……プリクラも撮ろう?」
「またプリクラ!? この前撮ったばっかじゃ――」
「だって、文化祭の記念にしたいもん!」
そう言って、彼女は小さくウィンクする。
周囲の友達が「いいな~」「カップル羨ましい!」と冷やかしてきた。
俺は照れ笑いを浮かべるしかなかった。
◇ ◇ ◇
放課後、準備が終わったあと。
帰り道はいつものふたりきり。
「ねぇ祐くん、明日何時に待ち合わせする?」
「うーん……午前10時でいい?」
「OK! じゃあ楽しみにしてる!」
駅前で別れるとき、
天宮さんはふっと表情を曇らせた。
「どうした?」
「……ちょっとだけ、不安なんだ」
「なにが?」
「祐くんが“本気”になってくれて嬉しいけど、
時々、私の方が強引すぎるかなって思って」
「そんなことないよ」
「ほんと?」
「うん、たぶん……」
「たぶん、ってなに!?」
「いや、その……まだ俺、慣れてないっていうか……」
「そっか。じゃあ、明日は私がリードしすぎないようにするね」
「いや、リードしてもらって全然いいけど……」
「どっち!?」
ふたりで笑い合いながら、
でも、そのやり取りの中に、ちょっとだけぎこちなさが混じった。
それが、
明日の“事件”の前触れだったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
土曜日、待ち合わせは駅前のカフェ。
「祐くん、早いね!」
「天宮さんも、もう来てたの?」
「うん、今日はちょっと気合い入ってるから」
カフェで軽く朝食をとってから、
ふたりでショッピングモールへ。
カラフルな装飾小物を手に取りながら、
「これ、教室の入り口に飾ったら絶対かわいいよね!」
と天宮さんが嬉しそうに言う。
「祐くんは、どれがいいと思う?」
「え、俺? うーん……こっちとか?」
「センスあるじゃん!」
ふたりで意見を出し合いながら選ぶ時間が、
なんだかすごく幸せに思えた。
◇ ◇ ◇
買い出しも終盤、文房具屋で班のみんなへのお菓子を選んでいたとき――
ふと、天宮さんのスマホが鳴った。
「……ごめん、ちょっと出るね」
「うん」
少し離れた場所で電話する彼女。
その顔が、段々曇っていくのが見えた。
戻ってきた天宮さんは、さっきまでの笑顔が嘘みたいに沈んでいた。
「どうした?」
「……家のこと、ちょっとだけ」
「……無理してない?」
「大丈夫。祐くんには迷惑かけたくないし」
そう言う彼女の横顔は、どこか遠い。
気まずい空気が流れる。
俺は、何か言わなきゃと思いながら、
うまく言葉が出てこなかった。
「……さっきまで、すごく楽しかったのに」
「ごめん」
「なんで謝るの?」
「……わかんない。でも、天宮さんにちゃんと寄り添えてない気がして」
「……祐くんは、私のこと気遣いすぎ。
何かあったら、ちゃんと言うから……」
「……うん」
沈黙。
気づけば、ふたりの距離がさっきより少しだけ離れていた。
◇ ◇ ◇
ショッピングモールを出る頃には、
重たい空気が二人の間に残っていた。
駅までの帰り道、会話はほとんどなかった。
「……じゃあ、また月曜」
「うん。今日はありがとう」
別れ際、
ふたりとも笑顔を作れなかった。
◇ ◇ ◇
夜、スマホに通知が届く。
<グループLINE>
【浅野】「田所、なんか天宮さん元気なかったけど大丈夫か?」
【松井】「ケンカ?って噂になってるぞ」
【浅野】「お前から連絡したほうがいいぞ!」
慌ててスマホを握る。
迷って、何度も文章を書き直し――
「天宮さん、今日俺、うまく気持ち伝えられなかった。
でも、やっぱり一緒にいる時間がすごく大事だと思ってる。
よかったら、話したい」
送信ボタンを押す指が、少し震えた。
◇ ◇ ◇
数分後。
「ごめんね。私も、うまく言えなくて。
祐くんといると、いろんな気持ちがこみ上げてきて、
時々自分でもコントロールできなくなるの。
でも、私も一緒にいたい」
画面を見て、ほっと息をつく。
「月曜、また一緒に学校行こう」
「うん。楽しみにしてる」
ケンカは、小さなすれ違いから始まった。
でも、ちゃんと向き合えば、
きっともっと深い絆になれるはずだ。
月曜の朝、
きっとまた笑い合えると信じて。
――俺と天宮さん、
“本気カップル?”の新しい日常が始まる。