第01話 これは"お試し"のはずだった
「じゃ、仮に付き合ってみよっか?」
唐突にその言葉を口にしたのは、放課後の教室、窓際の席で俺に振り向いた天宮 澪だった。
クラスのアイドル。明るくて誰にでも優しくて、男女ともに人気がある、そんな“完璧ポジション”にいる人。
俺とは、ぶっちゃけ世界が違う。
趣味は静かに読書、特技は空気と化すこと――が自慢の田所 祐、地味男子である。
「え、ごめん、今なんて?」
「だから、“仮に付き合ってみよっか”って」
「仮に、って言った……よね?」
「うん。“お試し交際”ってやつ。今だけ限定、返品自由のラブトライアル!」
いや軽っ。
それ、付き合うって言っていいのか?ってぐらい軽っ。
「なんで俺?」
「えー、それ聞いちゃう? じゃあ正直に言うけど……なんか、祐くんって“振り回しやすそう”だから」
「評価低くない?」
「褒めてるんだよ? 私、マジメすぎると緊張しちゃうし。あと祐くん、私の話ちゃんと聞くし、ノリ悪くないし、なにより」
天宮さんはふっと口元をゆるめて、
「なんか、一緒にいて落ち着く」
なんて、わりと反則気味なことを言ってくれた。
……うん。
そんなこと言われたら、断れるはずがなかった。
「……じゃあ、“お試し”なら、やってみようか」
「やった! じゃ、今日から彼女ってことで!」
とびきり明るい笑顔に、教室の窓から差し込む夕日が重なって、妙にまぶしかった。
そのときの俺は、
まさか“お試し”のつもりなのが俺だけだったとは、思いもしなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
登校して自分の席に座ると、前からすっと差し出されたものがあった。
「おはよう、祐くん。はい、今日のお弁当!」
「……え、もう?」
「彼女として当然じゃん?」
机の上に置かれたのは、手作り感たっぷりの、かわいらしいお弁当箱。
「昨日の今日だよ? しかも、まだ“お試し”じゃん?」
「だからこそよ。お試し期間こそ、サービス充実させなきゃでしょ?」
なるほど、斜め上の理屈。
「ていうか、“おはようLINE”来なかったのちょっとショックだったから、明日からはちゃんと送って? おはようスタンプでも可!」
「スタンプ可なんだ……」
「それと、週末デートね! 今のうちに予約しとこ?」
「なにそのデートの早割みたいな制度」
「あと、これも! 今朝早起きして作ったから!」
そう言って手渡されたのは、
手編みのミサンガ。
「……早くない?」
「気持ちって、熱いうちに渡した方がいいと思って!」
すごいなこの人。
恋の火力、フルスロットルだ。
◇ ◇ ◇
昼休み。
お弁当のフタを開けると、中にはミニサイズのハンバーグ、卵焼き、彩り野菜に、なぜかハート型のニンジンまで入っていた。
「……気合い入りすぎでは?」
「お試しだからこそ、全力でしょ?」
「そのうち“期間限定キャンペーン中です”ってPOP貼られそうだな……」
「それいいかも! 名前シール作ってあげようか?」
「やめて」
周囲の視線が温かくもあり、ちょっとだけ怖くもあった。
でも、ふと気づいた。
俺、今……
ちょっとだけ楽しいかもしれない。
まさかの本気度MAXな“お試し彼女”に、心がふわりと浮いた瞬間だった。