ゼノ・カヴィル①
シャンデリアが煌々と輝き、美しいドレスを身にまとった令嬢たちが楽しげに談笑している。
ついに、第3王子の婚約者を決めるパーティーが始まったのだ。
「はぁ……」
フェルは、こうした騒がしい場所が苦手だった。
適当にドリンクを手に取り、人の少ない場所へ移動しようとしたが──
「……人しかいない……」
見渡す限り、貴族たちでごった返していて、奥の方も見えない。落ち着けそうな場所はどこにも見当たらなかった。
そんなとき、周囲から聞こえてきた会話が耳に留まる。
「ねぇ、第3王子見た?」
「まだよ。どこにいるのかしら」
「きっとおぞましい見た目で出てこられないんでしょうね」
「見た目が良くても呪われてるんじゃ……こっちから願い下げよね」
「こんなパーティーを開かないと相手が見つからないなんて、哀れだわ」
(……すごい言われようだなあ)
フェルはグラスの中身を軽く揺らしながら、ため息をつく。
さらに別の方向から、楽しげな声が響く。
「ねぇ、第三王子だけじゃなくて、第一と第二も来るらしいのよ」
「本当に? 確かどちらもまだ婚約者が決まってないのよね」
「じゃあチャンスじゃない!」
(第一も第二も……知らなかった。ずいぶん豪華なパーティーなんだなぁ)
フェルは人々の噂話に耳を傾けながら、引き続き人の少ない場所を探していた。
ふと、会場の隅で、数人が集まってひそひそと話しているのが目に入る。
何やら様子が気になり、そっと近づいてみると──
「ねぇ……あれが“呪われの王子”じゃない?」
「黒髪に、黒い瞳……噂通りだな」
「おい、あまり見るなよ……呪われるぞ……」
フェルもその方向へ目を向ける。
ちらりと見えたのは、一人、バルコニーに佇む青年だった。
「あれが……第三王子」
──ゼノ・カヴィル。
確かに、漆黒の髪と吸い込まれそうな黒い瞳は、異世界では非常に珍しい。
だが、それだけだ。
別に異形の姿でもなく、ただ静かに立っている普通の青年にしか見えなかった。
(こんなに怯えられるような人には……見えない)
“呪い”なんて所詮は噂に過ぎない。
それなのに、皆が一様に彼を遠巻きにし、恐れ、笑いものにしている。
(誰か一人くらい、話しかけてあげればいいのに)
ゼノ・カヴィルは、誰にも声をかけられることなく、バルコニーの欄干に手を置き、うつむいていた。
フェルは、自然とその姿に引き寄せられるように、静かに歩み寄っていった──。