政治的理由
1916年4月上旬、フランス北東部。
フランス陸軍司令部テント、曇天の下に緊急の会議が開かれた。
フランス側からはヴェルダン防衛総指揮官ペタン将軍の副官として派遣されたルフェーブル准将、日本側からは欧州派遣日本軍総司令部より、黒木為楨中将(第1師団長)、大迫尚敏中将(第9師団長)、中村覚少将(第12師団長)が臨席していた。
ルフェーブル准将(仏):「Messieurs, la situation est critique.」
通訳(日本語):「諸君、状況は危機的である、とのことです」
ルフェーブル准将は、手元の地図を指し示した。
ルフェーブル:「Depuis février, Verdun est sous attaque constante. Nos pertes sont énormes.」
通訳:「2月以来、ヴェルダンは絶え間ない攻撃にさらされ、損害は甚大です」
黒木中将が慎重に問いかけた。
黒木中将:「具体的に、どれほどの損害を出しているのか伺いたい」
ルフェーブル准将の顔が険しくなった。
ルフェーブル:「Plus de 100 000 hommes en deux mois. 」
通訳:「わずか2か月で10万以上の兵士を失った、とのことです」
その答えを聞き、日本側一同は皆、驚愕の表情を浮かべる。
中村覚少将:「……万単位、ですか」
日本側は一旦、フランス側に席を外してもらい、内部協議に入った。
黒木中将(低声で):「……ヴェルダンをこのまま固守するのは無謀に思える」
大迫中将(同意しながら):「戦線後退と防御線再構築を勧めるべきでしょうな」
中村少将(眉をひそめつつ):「この損耗を続ければ、兵力が枯渇します。持ちこたえられる保証はありません」
黒木は一度、深く頷いた。
黒木:「まずは、率直に後退案を提案してみよう」
再びフランス側を呼び戻し、黒木が提案する。
黒木中将:「甚大な損害を被っている現状を鑑みれば、ここは戦術的後退を考えるべきではないか」
ルフェーブル准将は、血の気の引いた表情で、日本側を見つめた。
ルフェーブル:「C’est impossible. Verdun est plus qu’une forteresse. C’est un symbole pour toute la France.」
通訳:「それは不可能とのことです。ヴェルダンは単なる要塞ではなく、フランス全体の象徴とのこと」
ルフェーブル准将は、言葉を選びながら続けた。
ルフェーブル:「Verdun a été un rempart contre les envahisseurs pendant des siècles. Nos ancêtres ont versé leur sang ici. Si Verdun tombe, c’est la France qui tombe. 」
通訳:「ヴェルダンは何世紀にもわたり侵略者を食い止めた防壁であり、フランス人にとっては祖先が血を流した聖地とのこと。ここが落ちれば、フランス全体が崩壊すると受け止められる、とのことです」
会議室に重苦しい沈黙が落ちた。
ルフェーブル准将はさらに力を込めた。
ルフェーブル:「Le peuple français croit en Verdun. S’il tombe, nous perdrons la guerre dans les cœurs avant de la perdre sur le champ de bataille. 」
通訳:「フランス国民はヴェルダンを信じている。ここを失えば、戦場で負ける前に、国民の心が負けてしまう、とのことです」
黒木、大迫、中村の三将官は、短く視線を交わした。
黒木(低く):「……軍略ではなく、国家存亡の象徴か」
大迫(厳しい表情で):「この覚悟、我々も汲み取るべきでしょう」
中村(静かに):「応えましょう。共に、ヴェルダンを守ると」
黒木中将は、通訳を通して厳かに言葉を伝えた。
黒木中将:「我ら大日本帝國陸軍は、貴国の誇りを共に守る覚悟を以て、ヴェルダン防衛に参加いたします」
ルフェーブル准将は、胸に手を当て、深く一礼した。
ルフェーブル:「Merci… infiniment merci. 」
通訳:「ありがとう、心から感謝する、とのことです」
こうして、日本陸軍の3個師団――第1師団、第9師団、第12師団は、
フランスの誇りと未来を賭けた、
ヴェルダン防衛戦線へと投入されることとなった。
遠く東方より来た兵たちは、
異国の大地で、仲間たちと共に血を流し、
異民族の誇りを守るための戦いに身を投じようとしていた――。




