“対応”訓練
1916年(大正5年)4月上旬、マルタ沖合。
風は穏やか、海面は鏡のように静まり返っていた。
大日本帝國海軍・第二特務艦隊は、英仏の合同艦隊とともに、対潜水艦「対応」訓練へと臨んでいた。
“戦い”ではなく“対応”――この言葉の違いが、すでに全てを物語っていた。
英国海軍少将 J.H.カニンガムが手元の海図を叩く。
カニンガム:「Submarine activity is expected along this corridor. Detection must precede engagement.」
(この航路での潜水艦活動が予想される。撃つよりもまず見つけるのが先決だ)
フランス海軍大佐 ラ・ロシュ:「Et vous savez, messieurs, que nous n’avons aucun moyen d’attaque fiable.」
(そして諸君もご存知の通り、我々には確実な攻撃手段など無い)
佐藤皐蔵少将(やや硬い口調で):「潜水艦を発見しても、こちらから攻撃する手段が無ければ……戦闘とは言えぬ」
カニンガム:「Exactly. Which is why we don’t fight them. We just try not to get sunk.」
(まさにその通り。だから戦わない。沈められないように努めるだけだ)
その言葉を耳にして、佐藤の眉がかすかに動いた。
訓練前の駆逐艦“潮”の後甲板。英国から貸与された水中聴音器の操作法が伝えられる。
英海軍技術士官:「Put this cone overboard, and listen. That’s it. No range, no bearing. Just… echo.」
(この円錐を海に下ろして耳を澄ます。距離も方向も分からん。ただ音を聞くだけさ)
“潮”乗員・長井中尉:「……ただ、聞くだけ……?」
音がした。遠くで何かが“ぐぐっ”と水中を擦るような音が聞こえる。
長井中尉(呟く):「これで……どうしろと?」
直後、訓練信号が飛ぶ。
旗艦より通信:「潜水艦を仮想発見。護衛対象とともに進路を変え、即時退避」
退く――敵に背を向ける。それが今の「戦術」だった。
訓練終了後。“潮”の艦橋で若い士官たちが愚痴を交わす。
長井中尉:「俺たちは海軍だぞ。見敵必殺が信条じゃなかったのか?」
小沢中尉:「敵が見えても……殴れなけりゃ、ただ逃げるだけ。しかも、俺達が護衛する船と一緒にな」
長井:「これじゃあ、ただの逃げ足訓練じゃねぇか……馬鹿らしい……」
誰も反論しなかった。
誰も納得していなかった。
だが、事実として、それしか“できること”がなかった。
その日の夜ーー
佐藤皐蔵少将は静かに記録を記した。
「この訓練に意味があると信じたい。……だが、現場の将兵にとっては“雑用”にしか映らぬだろうな」
「敵を前に、刀を抜けぬ。この屈辱を、戦い方の変化として受け入れねばならぬ日が来た……それが、今だ」
窓の外、月の光が静かに海面を照らしていた。
その海の下には、音も無く潜む敵がいる――だが、それを斬る術は、まだなかった。
この時期、第二特務艦隊の将兵たちは、
“戦って勝つ”ための訓練ではなく、
“逃げ延びる”ための訓練に従事させられていた。
「これが戦争か……?」と心の中で問いながら。
だが、誰一人声に出しては言わなかった。
それが、彼らなりの“規律”であった。




