佐伯家
1915年(大正4年)初秋。東京・神田の路地裏には、午前八時になると紙と墨の香りが漂い始める。
文具問屋「佐伯屋」の暖簾が揺れ、番頭が店先を掃き清め、忠吉が帳簿を広げるのが日課だった。
忠吉:「番頭さん、こないだ納めた帳簿三百冊、陸軍の糧秣補給部から“ページ数が足りん”言うてきとる。あっちは“何百人分”で計算するさかいな、勘定を間違うとえらいこっちゃ」
番頭・伊助:「へえ……けど、そのページ数、向こうの注文書じゃ“概数”で書いとりましたぜ」
忠吉:「それが後で揉める元なのさ。筆の墨の滲みでも文句つけられるんだから……ああ、これで紙の代も上がっとるときた」
今年に入ってから、和紙の仕入れ値は35%以上の高騰。筆と墨は中国からの供給が滞り、一部は朝鮮から代用品を探している状況。職人の確保も難しく、熟練製本工は引く手あまただった。
夕方、家計を預かる妻・静が市場から戻ってくる。荷を降ろしながら愚痴がこぼれる。
静:「今日も米がまた上がってたわよ。10升で1円6銭……もう“白い飯”なんて祝日くらいね。子供には食わせてるけど、私らは麦三割にしたわ」
忠吉:「うちはまだマシさ。隣の下駄屋なんか、皮革の輸入止まってもう打つ手なしだと」
静:「石鹸もよ。1個3銭よ? 前は2銭だったのに。あの女工さんたち、工場から支給あるからええけど、町の奥さんたち困っとるわよ」
俊太郎:「母さん、新聞に載ってたよ。三井と三菱が今年は“空前の利益”ですってさ。“国難の時に企業栄え、民は苦しむ”って誰かが投書してたよ」
忠吉:「ほぉ……誰かうまいこと言うたもんだな。けどま、軍需があってこそ、わしらにも仕事がくる。複雑なもんさな」
静:「それでも芸者衆は変わらず飲みに来るんだって。芸者屋の奥さんが言ってたわ。“浅草オペラの帰りに旦那衆がよう来る”って」
忠吉:「戦争が遠い話に見えるやつもいるんだろ。フランスじゃ“地獄の泥濘”って言うらしいぞ、新聞で見た。“前に進まず、血だけが染みる”って」
俊太郎:「学校でも言ってた。“ヨーロッパの戦争が長引けば、きっと日本の運命も変わる”って」
新聞では連日、欧州大戦の報道が踊っていた。
「フランドル泥濘の戦い続く」「独逸軍、再びマルヌに迫る」――。だが庶民の目には、物価と生活の方が現実だった。
娯楽欄には、「浅草帝国座にて新派『不如帰』絶賛上演中」「活動写真“文明開化の娘”連日満席」などの文字も躍っていた。
神田の町家にて、佐伯家は今日も紙と墨に囲まれ、暮らしの知恵を働かせながら、小さな商いを積み重ねていた。
この国がどこへ向かうのか、誰にも見えないままに。
物価変動の具体例
•和紙(帳簿用):100枚 3銭→4銭9厘
•筆・墨:平均単価1.2倍
•製本職人(日給):50銭→65銭(+30%)
•米(10升):1円60銭(+30%)
•味噌:1斤 8銭 → 10銭(+25%)
•卵:1個1銭4厘 → 1銭8厘(+28%)
•石鹸:1個2銭 → 3銭(+50%)
•酒(清酒):1升16銭 → 19銭




