帳簿管理
1915年(大正4年)秋。
戦争は続き、経済は沸騰し、列島には工場と煙突が立ち並び、鉄道と港湾を貨物列車と貨物船がひしめき合っていた。
一方、霞ヶ関では、静かなる数字の戦いが続いていた――すなわち「予算」である。
【会議出席者(全員架空)】
•大蔵省 主計局長:長田 俊彦
•大蔵省 主税局長:柘植 陽一郎
•大蔵省 理財局長:尾崎 政三
場所は大蔵省第二会議室。議題は「現在の財政状態と今後の推移予測、及び戦費返済状況の整理と支出先の評価」であった。
長田(主計局長):「本日は、歳入と歳出の均衡状態について、三局にて検討しよう。まず、歳入の概況から柘植局長、お願いします」
柘植(主税局長):「はい。大戦景気の恩恵により、法人税および営業税収入は前年比約32%の増加です。とくに、重工業と海運業からの納税額が跳ね上がっております。関税も南満洲・朝鮮経由の輸出品増により、過去最高水準です」
尾崎(理財局長):「日本郵船、商船三井、それに鉄道関連企業からの株式配当も、政府保有分を含めて増配傾向ですな。政府歳入に占める投資収益の割合も昨年の4.2%から本年度は6.1%へ上昇しました」
長田:「つまり、収入面は今のところ非常に好調というわけだな。では、支出面の整理に入りたい。尾崎局長、軍事支出および戦費返済は?」
尾崎:「日露戦争の外債返済については、残額2億円のうち、本年度末で5,400万円を返済予定。返済ペースは予定通り進んでおります。新規国債は発行せず、大戦中の軍事支出も協商国負担により当面は予算圧迫要因になっておりません」
柘植:「軍拡計画に伴い、中期的には給与支出および退職恩給、施設整備などが嵩む懸念はございますが、今のところ均衡は保てております」
【将来推移と支出予測】
会議後半は、今後の歳出構成とリスク評価へと移行した。
長田:「今後の支出先としては、以下が主軸になると思われる――
1.満洲・朝鮮・台湾におけるインフラ支出(教育・道路・港湾)
2.重工業育成のための産業補助金制度
3.軍拡計画による装備費・訓練費
4.国内労働力不足に伴う地方対策(農村救済・都市労務管理)」
尾崎:「これらに対応するため、今後三年間は歳入拡大基調の継続が不可欠です。中でも、輸出課税と高所得層への累進課税制度の見直しは検討に値します」
柘植:「また、現在の好況は永続するものではありません。輸出の集中先である満洲とアメリカ、朝鮮の市場における外需依存は、世界的景気変動に脆弱です。分散化も視野に入れるべきでしょう」
【会議の結論】
会議は最終的に、以下の方針を共有して終了した:
•現在の財政は戦費返済・軍拡支出・対外投資を含め均衡状態にある
•今後の支出増に対応すべく、税制改革と資本収益の拡大が鍵
•外債返済は計画通り進行中。5年以内に完済可能な見込み
•満洲・朝鮮からの需要を支えとしつつ、民需主導の税収構造強化が必要
長田:「我らの役目は、“景気の波に酔わず、国家の器を支える”ことです。気を緩めることなく、政策の骨格を整えてまいりましょう」
会議は静かに終わった。だが、彼らの手元には膨大な数字がなおも残り、夜まで机上の電灯が消えることはなかった。




