軍令の分岐点
1915年7月初頭、東京・陸軍省庁舎。
午前九時を回った頃、帝都の湿気を帯びた夏風が吹き込む中、陸軍省三階の第一会議室には、帝國陸軍の中核を担う者たちが一人、また一人と集まりつつあった。
この日、開催されたのは「欧州派遣軍による戦訓報告に基づく軍制改正および支那有事対処方針に関する陸軍省・参謀本部合同会議」である。
出席者一覧(※架空軍人)
•陸軍省 軍務局兵器課長:伊庭 陸軍大佐
•陸軍省 軍務局歩兵課長:渡邊 陸軍大佐
•陸軍省 軍務局砲兵課長:金丸 陸軍大佐
•参謀本部 第六課(欧米課)課長:早乙女 陸軍中佐
•参謀本部 第七課(支那課)課長:矢島 陸軍中佐
•参謀本部 第二課(作戦課)兵站班長:辰巳 陸軍中佐
会議冒頭 ― 緊張の幕開け
厚い木製の会議机の中央に積まれた封筒には、「アルトワ会戦・戦訓報告(機密甲第七号)」の印字が見える。
それはフランス戦線より返送された詳細な報告書であり、塹壕構築、火砲運用、兵站体系の全てに及ぶ戦地からの生の教訓であった。
議長役を務めるのは、陸軍省より歩兵課長の渡邊大佐である。彼は椅子に腰掛けたまま、報告書の一枚を掲げて口を開いた。
渡邊(歩兵課長):「諸君、まず確認しておく。我が帝國陸軍が初めて欧州に送った遠征軍は、厳密なる訓練と規律により、仏英軍の中にあっても評価は高い。だが、その戦場は想像以上に苛烈であった」
伊庭(兵器課長):「砲撃前の事前準備に三日。火砲数にして六百、総弾量およそ二十万発。これをもってしても、独逸の一線を突破するには苦戦したと…俄には信じがたいな。今や我が陸軍における、平時の砲弾備蓄全てを叩き込んでも突破は確実と言えん訳か…」
金丸(砲兵課長):「我が野戦重砲では到底同じ規模の射撃は不可能ですな。火砲の数、射程、装薬、そして弾薬車の供給体制すら違う。砲兵の在り方を根本から見直すべきかと」
早乙女(欧米課長):「欧州諸国では、すでに“物量と陣地の時代”に入った。戦略機動ではなく、陣地構築と火力集中の勝負。我が軍は遅れていることを自覚すべきです」
矢島(支那課長):「しかしながら、我々が想定する支那戦線において、同様の陣地戦を行う環境が整っているとは言い難い。地形、補給線、工兵の人員配分も異なる」
辰巳(兵站班長):「それは戦場設計次第です。戦術と補給の接点をどう築くか。前線までの簡易鉄道建設と物資集積所の設置は、今後の野戦教範に含めるべき課題ですな」
会議は一時間を超えてもなお熱を帯びていた。
欧州戦訓の整理が一段落し、話題は軍制改革、特に大隈内閣が閣議決定した「五個師団増設方針」と、その運用構想へと移行していた。
渡邊(歩兵課長):「さて、本題の第二段階に移ろう。先の閣議にて、今後二年をかけて五個師団を新編制する方針が決定された。うち三個師団は一年以内に、残る二個は翌年度末までに整備することとされている」
金丸(砲兵課長):「我が砲兵課としては、新設師団すべてに二四〇ミリ榴弾砲を一門ずつ配備したいと考えておる。加えて、火砲の口径別編成の再検討も進める」
伊庭(兵器課長):「それに加え、機関銃部隊の独立運用を含めた小隊レベルの火力支援計画も含めるべきです。現在の歩兵中隊では火力が足りません」
渡邊:「同意だ。欧州では一個大隊あたり重機関銃六〜八挺が標準になりつつある。我が軍も追従すべき段階に入っている」
矢島(支那課長):「ただ、我々が懸念すべきは、支那大陸における軍事情勢である。袁世凱政権が秘密裏にドイツと接触しつつあるとの報告もある。新設師団のうち、一個は関東州および満洲国境に常駐させることを提案する」
早乙女(欧米課長):「支那に過剰に配備すれば、欧州との関係で誤解される可能性もある。とはいえ、満洲は我が国にとっての生命線……現実的な範囲での備えは必要だろう」
辰巳(兵站班長):「補給観点から申せば、満洲における新設師団の配備には相応の鉄道網整備と物資集積所設置が前提条件となります。第二鉄道連隊の派遣準備を急ぐべきです」
会議の中盤、緩やかな沈黙の中で、伊庭大佐がゆっくりと立ち上がった。
伊庭:「この機会に、我々の軍制全体を近代戦に適応させねばなりません。戦術の刷新は兵站と並行しなければ意味をなさず、また訓練体制も欧州水準に再構築せねば……」
金丸:「つまり、これは兵器調達の問題ではなく、“戦い方”そのものの改革ということですな」
渡邊:「まさしく。“塹壕に入り、撃ち、耐え、突撃する”……これを一貫して支える体系を我々の手で作らねばなるまい」
会議で形成された最終合意:
•五個師団の新設は予定通り実施し、そのうち一個を満洲に常駐配置する。
•新設師団には近代化装備(中口径重砲、機関銃、信号設備)を優先配備する。
•兵站再編のため、第二鉄道連隊および工兵増強を即時に実施。
•欧州戦訓をもとにした教範見直しおよび再訓練を秋より実施。
この会議をもって、大日本帝國陸軍は“戦前”の軍制を脱し、世界大戦の渦中にある列強の軍事思想を吸収した新たな時代へと踏み出していく。




