戦闘評価
1915年5月10日未明。ヴィミー高地の戦闘が一段落したのを受けて、日本陸軍遠征軍司令部では緊急の戦後評価会議が開かれていた。
出席したのは第一師団長・黒木為楨中将、第九師団長・大迫尚敏中将、第十二師団長・中村覚少将、砲兵部隊の責任者、参謀将校ら。
作戦全体の指揮を統括していた大迫中将が、会議冒頭に戦況報告を促した。
大迫中将:「まず、火力投射量と戦果の照合からだ。山田少佐、報告を」
山田少佐(砲兵参謀):「はい。今回の突撃において、我が遠征軍は全体で15万発超の砲弾を投入しました。これは平時の陸軍演習や旅順攻囲戦と比しても5倍以上の弾量であります」
黒木中将:「ふむ……我が第三軍でも、旅順でここまでの数は用いなかった。だが、結果として、敵前線は完全には崩れなかったな」
中村覚少将:「確かに一部塹壕の奪取には成功しましたが、敵の深層陣地、第二線以降には届かず、攻勢の余力を欠いた印象です。特に後半では、砲兵弾薬が枯渇しかけておりました」
富永中尉(砲兵副官):「各師団の砲兵庫では、榴弾をほぼ撃ち尽くしております。現時点で補充の見込みは仏軍の余剰分に頼らざるを得ません」
田中中尉(補給担当):「現地調達には限界があります。フランス砲と我が砲の口径・薬莢規格も異なり、流用にも制限がございます」
大迫中将:「人的損害は?」
黒木中将:「第一師団は、突撃開始から24時間で約3,800名の損耗。戦死1,200、負傷2,600」
中村少将:「第十二師団は約3,400名。特に塹壕突入時に機関銃火網の犠牲が大きく、1個中隊は全滅に近い」
大迫中将:「我が第九師団も例外ではない。約3,100。三個師団合わせて損害総数は1万1千強……」
会議室に一瞬、沈黙が流れた。外では、野戦病院から絶え間ない呻き声と、担架のきしむ音が続いていた。
黒木中将:「…この損害は、帝国の政治判断にも影響する。現地の国民感情も含め、慎重に対応せねばならぬ」
大迫中将:「ゆえに、今後の作戦方針だ。我が軍は、現時点ではこれ以上の攻勢作戦には耐え得ぬ」
中村少将:「同感です。弾薬・補給・人員のいずれもが限界に近い。しばらくは防衛戦への従事を提案します」
黒木中将:「持久線に回ることで、兵を休ませつつ、現地の地形と風土に習熟する時間も得られるでしょう」
大迫中将は頷き、地図を指差しながら最終方針を示した。
大迫中将:「当面は、アラス南方の塹壕線を防衛拠点とし、仏第10軍と連携して持久防衛に徹する。兵力補充と弾薬輸送の整備が整うまで、積極的攻勢は控える。それが遠征軍全体の総意であれば、私が責任をもって本国に上申する」
全員:「はっ!」
こうして、第二次アルトワ会戦において初めて実戦に投入された日本陸軍遠征軍は、欧州戦線の現実と洗礼を肌で知ることとなり、その後の行動方針を大きく修正することとなった――。




