初陣の準備
1915年5月、フランス軍総司令部は、アラス北方ヴィミー・リッジ一帯に展開するドイツ軍防衛線に対して、大規模な攻勢作戦を計画していた。
これは前年のマルヌ会戦以来、膠着した西部戦線を打開すべく、重砲火力を徹底的に投入する「火力突破戦術」の試金石となるものであった。
この報を受け、アラス南方に展開中の日本陸軍遠征軍司令部では、臨時会議が招集された。
出席者は第九師団長・大迫尚敏中将、第一師団長・黒木為楨中将、第十二師団長・中村覚少将のほか、参謀の山田少佐ら佐官級と、大隊幕僚の石原中尉、富永中尉、田中中尉ら尉官級軍人が後ろに並ぶ。
大迫中将:「……諸君、これまで我が軍は充分に演習を積んだ。しかし、実戦に勝る試練はない。我ら帝国陸軍が欧州の同盟国に対し、誠意と実力を以て応える時が来たのだ」
山田少佐:「参謀本部との電報を参照する限り、今次フランス軍の攻勢は空前の砲撃量を予定しており、成功確率は他の戦域に比して高いと判断されております」
黒木中将:「戦の肝は火力にあり。旅順において我が第三軍が体得したように、砲撃をもって敵を崩す戦法には心得がある。だが、仏軍の指揮下に入ることへの懸念は残るな」
田中中尉:「第22旅団補給線には、我が工兵中隊の支援を統合済みであります。砲兵弾薬の融通にも目処が立ちつつあります」
富永中尉:「仏軍単独で1500門を超える砲門が並びます。我が軍も師団砲兵全戦力を随時展開可能であります。これほど火力の集中した作戦は、まさに参戦に値すると存じます」
かくして司令部は以下の決定を下す:
•日本陸軍遠征軍の3個師団(第九・第一・第十二)を初動より投入
•仏第10軍の一部としてヴィミー高地南東部の突撃を担当
•参戦理由:軍事的威信の確立、演習ではなく実戦経験の取得
•判断根拠:砲兵戦力に基づく高確率の成功作戦との評価
5月8日深夜、各連隊に「翌9日、仏軍の一斉砲撃に合わせ突撃を開始せよ」との命令が伝達された。
兵舎では、野戦装備を整える将兵たちの間に静かな緊張が漂っていた。
第7歩兵連隊 村井三郎二等兵(石川県出身):「……おい、三好、聞いとるけ? 明日、俺ら突撃やぞ。フランスの地で、ほや、突撃やて。上官らは旅順の再来や言うとったが……ほんなもん、わしら聞いとらんげ」
三好一等兵(富山県出身):「ほーやちゃ。わし、まだ一回もワイン?とか言う酒もろくに飲んどらんし、死なんようにせんなんな」
村井:「帰ったら、ワインもそうやし、金沢でどでかい徳利あけんなんな。生きて帰ったら、やけど」
白む空の下、列車の汽笛が静かに長く鳴り響いた。
兵たちは、ただ前を見据え、己の命を背負いながら、フランスの戦野へと歩を進めていった――。




