交流と準備
アラス郊外の仮設演習基地、仏軍第22旅団司令部テント。
この日、日本陸軍遠征軍の各師団から選抜された尉官クラスの将校たちが、英仏軍の同格将校と顔を合わせた。
言葉の壁は存在しなかった。日本軍の若い将校たちは、陸士の語学授業で通訳を介さず、英語や仏語で直接意思を交わす能力を叩き込まれていた。
出席した日本側将校たちは以下の通り:
•石原莞爾中尉(第1師団・参謀付)
•梅津美治郎中尉(第12師団・歩兵大隊)
•富永恭次中尉(第9師団・砲兵連隊)
•田中静壱中尉(第9師団・工兵中隊)
テーブル中央では、フランス軍のジャン=ルイ・ベルモンド中尉が立ち上がる。
Jean-Louis Belmond(仏軍中尉):「Messieurs, je suis honoré de rencontrer les jeunes officiers du Japon. Que cette guerre nous apprenne à mieux nous comprendre.」
(諸君、日本の若き将校たちと出会えたことを光栄に思う。この戦争を通じて、我々が互いをより深く理解できますように)
石原中尉が穏やかに頷き、フランス語で応じた。
石原中尉:「C’est un grand honneur pour nous aussi. Le Japon est prêt à apprendre et à partager ses expériences.」
(こちらこそ光栄です。日本もまた、学び、経験を共有する準備ができております)
英国陸軍のリチャード・バーンズ大尉がにこやかに手を差し伸べた。
Richard Burns(英軍大尉):「Welcome, gentlemen. I’ve read about your army’s conduct in Manchuria. Very impressive discipline.」
(ようこそ諸君。満洲での君たちの軍の統率について読んだことがある。非常に印象的な規律だった)
梅津中尉:「Thank you. But we still have much to learn from the British experience in trench warfare.」
(ありがとうございます。ただ、塹壕戦の経験では、我々は英国軍から多くを学ぶ必要があります)
互いに握手を交わし、続いて順番に自己紹介が始まった。
富永中尉:「Tominaga Kyōji, field artillery. I studied engineering in Tokyo before commission. I’m particularly interested in your indirect fire methods.」
(砲兵の富永恭次と申します。入隊前は東京で工学を学びました。特に間接射撃の運用法に興味があります)
田中中尉:「Tanaka Shizuichi, combat engineer. Our unit specializes in fortification, demolitions, and battlefield construction. I look forward to learning from your experience.」
(田中静壱と申します。工兵隊所属で、陣地築造や爆破処理、戦場施設構築などを担当しています。貴軍の経験を学ばせていただきたい)
Jean-Louis:「Et en dehors du champ de bataille ? Un bon vin ?」
(戦場の外では?良いワインはお好きですか?)
石原中尉:「I enjoy Burgundy. But I must confess a fondness for sake from Yamagata.」
(ブルゴーニュは好きですが、山形の酒に勝るものはありません)
田中中尉(微笑しながら):「I prefer Imo shochu from Kagoshima. But French Armagnac intrigues me.」
(私は鹿児島の芋焼酎が好きですが、フランスのアルマニャックには興味津々です)
酒の話題に場が和み、英仏将校たちは笑みを交わす。
国も言葉も異なる若者たちは、同じ戦場に立つ“士官”としての連帯感を確かに築き始めていた――。
アラス郊外、日本遠征軍司令部仮設テント内――
石原中尉は配布された地図を広げ、フランス軍参謀より渡された訓練計画書に目を通していた。山田少佐、田中中尉、富永中尉らが彼の周囲に集まり、全員真剣な面持ちで書類を見つめている。
「まず確認すべきは、我々がこの訓練にどの程度の統制をもって臨むかだな」と山田少佐が切り出した。
石原中尉:「仏軍は旅団級単位の交戦模擬を想定しており、我が部隊はその左翼支援に組み込まれるようです。ただし、全指揮は仏軍が執る……となると、連絡系統を明確にしなければ混乱必至です」
田中中尉:「仏軍の工兵部隊とは通信用語の整備を急ぎます。架橋、爆破、陣地構築など、逐語翻訳では通じません。現場で使う略語や符号も含め、事前に統一表を作成する必要があります」
富永中尉:「砲兵との連携が一番の肝になりますな。間接射撃時の座標通報と、命中確認の手順まで明文化しないと」
その場で石原はメモ帳に「日仏間・連絡信号コード対応表」案を走り書きする。砲兵と工兵で分担し、48時間以内に仏軍と協議の場を設ける予定を立てた。
続いて話題は、日本側が提示する戦闘参加の方針へと移る。
山田少佐:「統一しておくべきは、戦闘参加の判断基準だ。英仏とも我が軍を即応戦力と見なしている。だが、我々の方針は“無用な消耗は避け、見込みある作戦にのみ参加”――これをどう伝えるか」
石原中尉:「単に“不参加”と言えば印象が悪い。『迅速な支援と確実な成果を重視するため、必要に応じて機動投入する』という表現がよろしいかと」
梅津中尉(静かに):「戦場は言葉の行き違いで地獄になる。我々の“慎重”は、彼らの“臆病”と誤解されかねない」
「……ならば、参加する作戦には全力で臨む姿勢を、日頃から示しておかねばな」と山田少佐が頷いた。
午後には、通訳将校と伝令係を交えた小規模な会合が開かれ、連絡体制と補給経路の整備についての指示がなされた。
田中中尉:「我々の補給は、仏軍第22師団の野戦補給隊と統合されます。現地調達品の管理、優先順位の調整、日本式の帳簿方式との折衝も……ひと仕事ですな」
会話の端々に、誰もが共通の認識として持つものがあった――
「これは単なる訓練ではない。真の戦争準備なのだ」と。
数日後には最初の合同野営訓練が始まる。砲声と土煙の中で、日仏の指揮体系が本当に機能するか、その答えが試されることとなる。




