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十一月協議文書

11月の末。秋が深まった東京の霞が関では、冷たい風が窓の格子を鳴らしていた。

青島攻略を終えたばかりの日本に、協商国からの新たな要請が届いたのは、その翌週のことであった。

要請は明確だった――「西部戦線に日本陸軍の派兵を求む」


この通達を受け、政府首脳による緊急の五者会議が開催された。



会議室に入った大隈重信首相は、重々しい口調で議題を提示する。


「英仏露三国より、欧州戦線に陸軍を派遣してほしいとの要請が届いた。正式な外交文書だ。

この件について、政府としての統一見解を出さねばなるまい」


最初に発言したのは外務大臣・加藤高明であった。


「要請の内容は、既に諸君も目を通されたはずだ。特に英国からは、『日英同盟に基づく実質的な協力』という強調がなされている。

要するに、青島攻略での戦果は高く評価されており、さらなる貢献を望んでいるのだ」


「ふむ……」と、陸軍大臣・岡市之助は眉をひそめた。


「だが、ヨーロッパは遠すぎる。我が陸軍は、国内防衛と大陸政策のために整備されてきた。

今から編成し、輸送し、維持し、戦わせる――これは容易な話ではない」


その隣で、海軍大臣・八代六郎が静かに補足した。


「仮に欧州派兵をするなら、輸送艦の数も護衛艦も不足している。しかも、聞く所によれば今の大西洋は潜水艦の巣窟。我が海軍はまだほとんどその潜水艦やらと対峙しておらず、未知の存在なのだ。損耗は避けられない」


しかし、若槻禮次郎大蔵大臣は財政面からもっとも明快に問題を突いた。


「各位、忘れてはならぬ。青島作戦ですら臨時軍事費が膨張し、国会で追及されたばかりだ。おまけに会計検査院からも苦情を言われた。欧州遠征となれば、桁が違う。戦費、輸送費、兵站……全て国家予算を圧迫することになる」


加藤が、口元に手を当てながら反論する。


「しかし、欧州戦線への派兵が実現すれば、列強との交渉で日本の発言力は格段に増す。

特に戦後処理において、我が国の要求を通すには、何かしらの“手形”が必要だ」


その言葉に、大隈首相は深く頷いた。


「それは同感だ。しかし、我が国が“従属的”に協力することは避けねばならぬ。

ならば――こうしてはどうか」


彼は筆を取り、卓上の紙にこう記した。


『大日本帝國は、協商国への協力意思を持つ。

ただし、派兵に関する費用一切を、協商側の責任において全額負担することを条件とす』


即座に若槻が応じた。


「それならば、大蔵省も異議を唱えぬ。公的な約束があれば、後で責任を問われることはない」


八代も続いた。


「海軍としては、航路調査を急ぎましょう。スエズ経由か、南回りか。どちらにせよ長期の準備を要します」


加藤はうなずいた。


「英国大使館、仏使節、ロシア帝国公使に対し、この条件を正式に提示する。

“協力者”であり、“従属者”ではないという日本の立場を、明確に伝える」


大隈首相は静かに議場を見渡し、言葉を締めくくった。


「よろしい。諸君、我らは戦の渦中にあっても、道理を見失ってはならぬ。

派兵とは即ち、国の意思を示すこと。その責任と意味を、しかと自覚せねばならん」



この決定は、後に「十一月協議文書」として各国に送付された。

のちの欧州派兵は、このときの一筆から始まったのである。

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