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濡れた砂丘と最初の銃声

大正三年九月五日 午前四時、膠州湾沖合。


連合艦隊の第二艦隊および陸軍支援部隊による一斉砲撃が開始された。


「主砲発射用意――撃てぇっ!!」


戦艦「朝日」「敷島」から三十糎砲が咆哮し、火柱と共に砲弾が海峡を越えて陸へ叩き込まれる。

その間、陸軍が設営した臨時砲台からも、二十四榴・十五榴による集中射撃が開始された。

仏製シュナイダー式重砲が轟音とともに塹壕線、敵の後方補給路、通信所などに雨あられと砲弾を浴びせていく。


砲撃は一時間以上続き、塹壕の一部は崩落、森林地帯は丸ごと焼かれた。

空には濃煙がたなびき、陸地の輪郭はかすんで見えた。



午前六時、砲撃が止む。


「いまだ、突撃準備っ! 第一波、搭載艇へ!」

――中村正雄大尉の号令。

歩兵第十八聯隊の先発中隊が、濡れた梯子を降り、小型舟艇に乗り込む。



波打ち際が近づいたとき――


パンパンッ!

小銃の連射音。塹壕から生き残ったドイツ守備兵が、散発的に射撃を開始。


「伏せろ! 一部残っておるぞ! 伏せっ!!」



兵たちは水しぶきを上げて腹ばいに、砂丘の陰へ這い寄る。



杉村吉之助二等兵が右肩を撃たれ倒れる。


「くっ……兄貴、肩が……っ」

「杉村! しっかりせぇ!」――渡辺勝平二等兵が彼を支える。


「まだ……死なん、まだ死なんで済む……おれ、まだ撃っとらん……!」



後方砂丘――


石原莞爾中尉が望遠鏡を手に、横にいた永田鉄山大尉に報告する。


「永田大尉、敵兵の一部が塹壕に避退していたようです。意外に生き残っております」


永田は眼鏡の奥の瞳で敵前線を射抜くように見つめた。


「上等兵以下が掩体に隠れていた可能性もある。

だが部隊は崩れていない。訓練の成果だ。君もそう思うかね?」


「はい、大尉。予備士官課程での鍛錬が、実戦で発揮されております」


「……よろしい。石原君、側面へ工兵を回せ。遮蔽物を築き、突破口を開け」


「了解いたしました」



散発的に響く銃声。

だが、戦場の支配者はすでに“空”と“火”であった。

その下で、人の肉体と精神が、初めて試され始めていた。


膠州湾東岸 午前八時。

前進を命じられた歩兵第十八聯隊は、第一波が確保した砂丘地帯からさらに数百メートル内陸の平地へ展開を開始していた。


そこはすでに、焦土だった。

艦砲と重砲によって切り刻まれた地面は火薬の臭いを立ち込め、草木はほとんど黒く焼け落ちていた。

しかし、敵の残存兵力はなおしぶとく、地下壕や破壊を逃れた堡塁に潜んで抵抗を続けていた。



「前方百五十、丘陵の裏だ。機関銃が潜んでおる」


石原莞爾中尉は地図と双眼鏡を交互に確認しながら、工兵将校に指示を飛ばす。

隣には再び、永田鉄山大尉の姿がある。


「石原君、この戦線、長引くかもしれんぞ。早急に野戦築城を開始せよ。土嚢はすでに船から揚陸済みだな?」


「はい、大尉。ただちに前方遮蔽陣を築かせます。鉄条網の敷設班も後方で待機しております」



歩兵たちは分隊ごとに散開し、スコップで砂を掘り返しながら身を隠す溝を作っていく。

砲撃で湿った泥は重く、汗が背に流れ落ちた。


その間にも敵弾が時折、鋭く頭上をかすめていく。

ドイツ軍が使用しているのは、マウザーGew98。精密な狙撃が可能なこの銃は、すでに数名の兵の命を奪っていた。



「渡辺っ、右の頭上、弾が抜けた!あの塹壕に敵おるぞ!」


杉村吉之助二等兵の叫びに、渡辺勝平二等兵が身を低くして答える。


「わかった、くそっ……こっちの三八じゃ射程が足りん! 軽機援護、要請できんのか!」



彼の声に応じて、後方から軽機関銃班が駆け上がってくる。


「ホチキス班、到着! 遮蔽なし、直接斜面から撃ち下ろすぞ!」


照準手が膝をつき、弾帯が砂の上を滑った。


「敵、標的確認……火線、開けッ!!」


軽機関銃の断続的な発射音が、静寂を打ち破る。

銃口から煙が吹き出し、照準線上のドイツ塹壕に火花が散った。



「命中! 敵の火が止まった!」


杉村がそれを見て、呟いた。


「人って、本当に撃たれて死ぬんやな……紙の教本や戦記じゃわからんかった」


「しゃべるな、口を閉じて生き延びろ」


渡辺の低い声が、湿った空気に吸い込まれた。

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