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霧の出征

大正三年九月二日、未明。

佐世保湾に停泊する輸送船「翔鶴丸」の甲板には、夜霧と油の匂いが重く漂っていた。



「貴様ら、出航は六時。三八を確認して整列しろ! 弾薬袋の締め忘れは戦死に繋がるぞ!」


号令を掛けたのは、歩兵第十八聯隊第三中隊を預かる

中隊長・中村正雄大尉(※後年、陸軍少将となる史実人物)。


兵たちは三八式歩兵銃の遊底を点検し、銃剣を革帯に差し込む。

革の軋む音と金属の擦れる音が、甲板に無数の鋭角を刻んでいた。



「兄貴、これから海の向こうで本当に戦争するんか……」

そう呟いたのは、ニ等兵・杉村吉之助、京都出身の十九歳。


同じ飯盒を抱えた同期の渡辺勝平が目を伏せたまま答える。

「戦争ってのは、殴り合いかと思ってたが……砲で潰されるだけかもしれんのぅ」



工兵中隊の隊員たちは携行架橋材の点検を続け、

四一式山砲を積んだ砲兵中隊は艦尾で綿密な固定作業に没頭していた。

その脇で、ホチキス重機関銃の箱が波の揺れに軋んでいた。



この混成旅団は、第一師団より抽出された約六千名。

任務は、ドイツ帝国が占拠する膠州湾要塞――青島の攻略。



「おい、あれ見ろ。旗だ」

兵の一人が霧の中に指差した。


旭日旗が、連合艦隊第二艦隊の旗艦「浅間」から掲げられていた。

それは、出航の合図だった。



中村大尉が参謀席へ呼ばれた。そこには

参謀副官・石原莞爾中尉(※のち陸軍中将)が座っていた。


「中村大尉、ご苦労様です。初陣の兵も多いようですが、士気の程は?」


「不安はあるようだが、それでも……背筋はピンと伸びておるよ」


石原は煙草を咥え、地図を広げた。


「青島は、ドイツが築いた東洋の砦です。大砲も鉄条網も、洒落にならん規模です。

だが、それを超えるのが我々の任。日本陸軍の名に懸けて成功させましょう」



その声が、戦雲の空気に沁み入っていった――

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